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私はアンティル Vol.122 イチゴ事件その47 震える歯

アンティル2008.07.11

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『Kと付き合っているのになんで来たんだよ!』

ついさっきまでTがいたベットが私の心をさらに傷つける。
数ヶ月の間に、ほんの少しふさがった傷跡がさらに深くえぐられ血を噴出すようにズキズキと痛む。

「なんでだ!なんでだ!」

私の声が誰もいない部屋に響いていた。泣くことしかできない私はさらに大きな声を出して毒をカラダの外に出そうともがいていた。

「なんでだ!!なんでだ!!!」

こうやっているうちに疲れて眠くなるまで、現実世界から逃げ出すことができるまで、大声を上げていたかった。
「Tのバカ!!何でこんなに苦しめるんだよ!!!人(私)が何したっていうんだよ!!!!」
こんな時でも私は自分のことを“人”と呼んでいた。女であることを感じさせないために生み出したオリジナルの一人称、“ひと”。
「人はね(私はね)スキーが好きなんだ~」
「人(わたしも)も行く!」
Tと付き合い始めて、完全に葬った“私”という言葉。
心の中で話す時さえ、私は自分を“人”と呼んだ。
「人がなにしたって言うんだよ!!!!」
しかし感情が渦をまいて物凄いエネルギーを放出している時でも、どこかで冷静に自分を見つめる自分がいた。
『“私”を手放した時に“人”は社会に存在する権利をなくしたということなんだなぁ。』
神と決別した悪者が洞窟で一人呟くように私も心の中で呟いてみる。それはもうどうしようもなく、覆すことが出来ない事実のように思えた。

何をされても文句をいえない“人”。誰に言ったって、Tの行動を非難する者などはいないということを私はよく知っていた。
「アンティルのような変態と離れられてよかったね。」
「まともな世界に帰ってきたんだね。よかった。」
この世界には、私の痛みを共有できる人などどこにもいない。

トゥルルルル トゥルルルル
私はTの家に電話をかけた。それは今ある事実を確認するための作業だったのかもしれない。
ア「もしもしアンティルですけど。」
Tの母「Tならいないわよ。」
ア「あ、そうですか。じゃあ帰った電話があったことを伝えてください。」
Tの母「あのね、迷惑なの。」
ア「何がですか?」
Tの母「あなたの存在が迷惑なの。うちはまともな子なのよ。」
ア「・・・・・・迷惑って・・・・」
Tの母「だからあなたの存在が。うちの子はK君って子と付き合ってるの。
正常な女の子なの。もう電話しないでくれる。」
ア「・・・・・・・・・・・・」

ガチャ
窓から見える木も、ビルも私の世界にはないもののように思えたその時、今まで垂らしたことのない涙が頬を濡らしていることに気がついた。
ガタガタと震えるようにひとりでに歯が震える。声を出そうにも出す声がない。
ただ涙が流れ落ちる。
私は、手を見て、足を見て、耳を触り、肩を抱き、頭を振る。
人間であることを確かめてみる。
同じだ。みんなと同じ。
それでもガタガタと震える私の歯は、止まることがなかった。

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アンティル

アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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