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私はアンティル Vol.145 社会人への道

アンティル2009.06.03

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大学時代最後の春、卒業をひかえた1月、周りは次々と内定をもらっていた。そして気がつけば就職が決まっていないのは、私ともう一人のマスコミ企業志望の女子だけだった。
私は就職活動さえしていない。Tのことで頭がいっぱいの私にとって、数ヶ月先の話しは10年先の未来と等しい。しかしそんな私も卒業までひと月を切る頃になると、さすがに不安になってきた。これからどうやって生きていけばいいのか? 私が自分を殺さずに仕事できる場所などあるのだろうか?考えるだけで絶望的な気持ちになった。

高校から大学に入り、制服から私服に変わった時と同じ恐れ。

『男物のスーツを着て生活したいけど変に思われるからオンナの子らしいものも身につけなきゃ』
『でもそれは自分をごまかすことだ。そんなことしたくない!』

自分と向き合い、心の中で続く格闘。その結果に世間がどんな目を向けるのかを考えると足がすくんだ。しかも今度は学校という限られた世界での戦いではない。社会との全面戦争の始まりだ。もしこれで完全に拒絶されたら私はどこに行けばいいのか? 暗闇からたくさんの目が光る夢を毎晩見た。

3月に新入社員を社員募集する会社などほとんどない。私は少し興味のあったマスコミ関連の会社にかたっぱしに電話を入れて、募集をしている会社を探すことから始めた。そして2つの会社の試験を受けることにした。どれも普段はGパンで過ごせそうな会社だ。しかしここで早くも難関にぶちあたった。どんな格好で試験を受けにいけばいいのだろう? リクルートスーツに選択の余地はない。みんなが着ている紺のスーツ。スカートだ。靴はパンプス。リクルート本を読むと化粧は身だしなみとして当然のことだと書いてある。普段、舘ひろしバリのWの男物のスーツを着ている私とは対極にあるスタイル。私はデパートのリクルートスーツ売り場の前でマネキンとにらめっこする。

『これを着ることは自分を裏切ることだ。そんなことできない!』
着実に試験の日は近づいている。悩んでいる暇はない。
『たった2回だけだ。2回だけ見逃して!ごめんね私。』

マネキンが私を責めるような目をして薄笑いを浮かべていた。
次は靴売り場だ。これは本当に辛い選択だった。高校の時、私はセーラー服を着ていても靴は男物だった。靴は自分の心を裏切らないという証だったのだ。しかし今回は男物の靴を履くわけにはいかない。就職活動にはパンプスやハイヒール以外に女子が許される靴はないのだ。それ以外の靴を履けばマナー違反となりそれは不合格を意味する。

『どうする私?』

社会に受け入れてもらうために自分をごまかす作業の大詰め。私はパンプスを買った。
残された選択は化粧。これをやってしまったら私は私を完全に捨てることになる。化粧だけはしないと決めて私は1社目の試験会場に向かった。第一次審査は筆記試験。課題は“カラダに気持ちいい商品を仮定してテレビCM構想を作る”だった。スポンサーも商品も自分で考えて絵コンテや文章でCMの構想を練るという試験だ。私は試験を忘れてその課題を楽しんだ。私の中では傑作中の傑作。頭の中ではそのCMがテレビの中で流れている。

「はい終了です。」

紙が回収されていく。こんな仕事につけたら毎日楽しいなぁ~。少し未来が楽しくなって家に帰った。数日後結果を告げる手紙が送られてきた。
“アンティル様 残念ながらこのたびは・・・・・”
不合格だった。

今でも時々思うことがある。あの時の私の答案用紙を見た試験官はどんな風に感じただろうかと。きっとその後もあの会社では、私の構想案が語り継がれていたのではないだろうかと。私は夢中になりすぎて試験であることをすっかり忘れて、CMを考えることを楽しんでいた。私が書いたCM構想は、「オナニーをしてすっきりした女子が健康ドリンクを飲んで夕陽の中に消えていく。最後に”明日への活力“と大きなテロップが出る」という内容だった。

2社目は小さな会社だった。社長との1対1の面接。もう試験を受けられるのはこの会社しかない。私は必死に質問に答えた。卒業式まであと1週間。私の未来はどうなっていくのか。不安と恐れの中で時計の針がグルグルと回る。1時間後、面接が終わり帰ろうとする私に社長が声をかけてきた。
「いつから来れる?」
私は社会人となった。

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アンティル

アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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