ラブピースクラブはフェミニズムの視点でセックスグッズを売り始めた日本で最初のトーイショップです。Since 1996

女の罪、男の罪

北原みのり2008.05.30

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東京江東区で女性が同じマンションの男に殺された事件。襲い、殺し、バラバラにして捨ててしまった事実が少しずつ明らかになっている。むごすぎる事件、と思いながら、そんな時に、一昨年12月に妹を殺した兄の判決が出た。求刑14年。判決7年。
 
 
妹を殺し、バラバラにし、さらに性器と乳房だけを細かく裁断して別に捨てるような犯罪だった。歯医者の息子で、期待されていた。期待されていたが、浪人生活が長かった。一方、妹は芸能界を目指していた。報道直後には、妹の容姿があまり美しくなく、性的に奔放で、兄に対して口うるさかったこどなどに、どちらかというと兄の狂気より焦点があてられていた。まさに「それ」が妹が殺された理由であるかのように。
 
 
ちょうど同じころ、DVで苦しんだ末に夫を殺害しバラバラにした事件も起きた。その判決は先日出たが求刑20年、15年の実刑判決だった。・・・二倍だ。
人を殺してバラバラにした点では全く同じであるのに。しかも、心神耗弱であることを訴えていた点では変わらないのに。夫は妻を殴って殺されたが、妹は口で兄をなじっただけで殺された。
 
 
数日前。元長崎市長を銃で殺害した暴力団員に死刑判決が下された。
「民主主義を根底から揺るがす反抗として、民主主義社会においてとうてい許し難い」
というのがその理由であった。「判決」とは被害者の鎮魂のためのものではなく、「社会」のためのものである、ということを高らかにうたった判決文のように読めた。
兄が妹を殺した事件は、私の「社会」を根底から揺るがしている。殺されたにもかかわらず生活態度を問われ、バラバラにされたにもかかわらずその人生を問われる女の被害者という存在を明らかにした事件の社会的影響は? 「男女平等という憲法で定められた原則を根底から揺るがす事件」なのに、「どんな格好をしようが、どんな分不相応な野心を持とうが、どんなことを話そうが、自由であることが保障されるべき民主主義が根底から犯された事件」なのに。なぜ、7年ぽっちか。
 
 
判決はいったい、誰のためのものなのか。
 
 
テレビでは毎日のように江東区で殺された女性の写真が流れている。美しく、快活で、利発だった女性の写真が流れる。当然のように彼女は100%の被害者である。それは”落ち度のある被害者”の対角線上にある女性被害者のもうひとつの姿である。殺された女性が姉と暮らしていて一人暮らしではなかったこと、男の出入りが一切報じられないことは、「被害者の顔」をどれだけ変えただろう。
 
 
犯人の男は事件後、犯人としてつかまえる前、報道陣に隣人としてこう語っていた。
「ピンクのボストンバッグを持っていて、派手な人だった。水商売をやっているのだと思った」
この短い証言に、男が「込めた」意図が私には感じられる。
水商売をやるような派手な女性=男関係が派手な女性=男に殺されてもしかたない女性。
それは正に、渋谷で殺された妹が負わされた「女の罪」である。男はテレビの前でにやにやと笑いながら、女の罪を語ったのではないか。この男にとっては、自分が彼女を殺した理由より、彼女が殺された理由の方が、問われることであったのだろう。
 
 
女は、性的に問題にされる。殺された事実よりも、男をどのように刺激したかが、問われる。
私たちは、殺されないように、注意しなくてはいけないのか。でもどうやって? どんなにひどい目にあって心神耗弱になっても相手に牙をむけないように自制しながら? 被害者にならないための方法も、加害者にならないための方法も、それは「男」によって語られているというのに。
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北原みのり

ラブピースクラブ代表
1996年、日本で初めて、女性だけで経営するセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」を始める。
著書に「はちみつバイブレーション」(河出書房新社1998年)・「男はときどきいればいい」(祥伝社1999年)・「フェミの嫌われ方」(新水社)・「メロスのようには走らない」(KKベストセラーズ)・「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)・「毒婦」(朝日新聞出版)など。佐藤優氏との対談「性と国家」(河出書房新社)・最新刊は香山リカ氏との対談「フェミニストとオタクはなぜ相性が悪いのか」(イーストプレス社)など。

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