ラブピースクラブはフェミニズムの視点でセックスグッズを売り始めた日本で最初のトーイショップです。Since 1996

愛せない、という罪悪感

北原みのり2008.10.01

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 先日、パートナーのモッコちゃんと大げんかした。私がだらしがない、とモッコちゃんは怒るのである。お風呂から出たら足を拭きなさい、寝る前には電気を消しなさい。基本的にはこの二つのことでモッコちゃんはいつも私を注意する。足は拭いているのだが、もっと拭かなくちゃいけないのだという。寝る前に全ての全ての灯りを消しているはずだが、朝目が覚めると、どういうわけか消したはずのDVDがメニュー画面のまま点いていたりする。で、モッコちゃんは怒るのである。”だらしないよ!!”。モッコちゃんが一度怒りはじめると、色んな方に怒りが散らばってゆく。最近は私が”モッコちゃん”と呼ぶことにまで怒りはじめた。”コ”という響きが、縁起が悪いのだと言う。じゃぁ何て呼べばいいのか、と聞くと、”モッチちゃん”ならいいと言う。そうだ、だから今回からコラムでもモッチちゃん、と書かねばならない。
 
 
 あいにくその日、私の機嫌もすごく悪かった。ふざけんな、おまえは規律委員か? モッチだかモッコだか知らねぇが、おまえ、オレが今、どのくらい忙しいのか、わかってんのか、おう! と怒った。当然のことだが、怒りに怒りを注ぐのは無駄である。解決になるわけもなく、私が怒ったとたん二人の間の怒りはものすごい早さで凶暴になっていった。部屋中立ちこめた重苦しい空気。苦しい空気。私はその場の空気を断ち切るためだけに、うるさぃっ! と叫び、こう宣言したのであった。
「もうぅ、ガマンできないよっ! あたし、出ていくよぅ! 出ていくけどねぇ、ハチは連れてゆくからね! オクの面倒、きちんとみるんだよっ!」
 
 
 ハチ・オクとはネコの名前である。ネコを飼おうと決めた時、私とモッチちゃんの意見がどうしても合わず、結局二匹飼ったのである。私はハチを選び、モッチちゃんはオクを選んだ。ハチはネコとして凡庸ではあるが、それがまた可愛いハチミツ色のネコである。オクは甘えん坊で知能が驚くほど発達したネコだ。しかし・・・見た目の問題なのか何なのかは分からないが、どういうわけか、私はハチの方がより好きなのである。ハチの凡庸な愛らしさがたまらなく好きなのである。だから当然のように「ハチは連れてゆく!」なんてことを叫んでしまったのだった。
 
 
「いいよ。そうして」
モッチちゃんはそう言い放ち、互いにふん! と態度で思い切り示しながら、その晩はとりあえず寝た。怒りはなかなかおさまらなかったが、とにかく寝ようとしていたらいつの間にか寝ていた。
 
 
 次の日である。
 朝起きてトイレに行くと、いつも私と一緒に起き、トイレについてくるはずのオクがいない。オク、どうしたのーーー、と探すと、暗い廊下の隅の方で一生懸命左の前足を舐めている。オク? と近づくと、チロリと上目遣いで私をみたが、すぐにまた前足を舐め始める。珍しく、無視、である。あらどうしたのさ、オクちゃん!! としつこく声をかけて息を飲んだ。一瞬にして、目が覚めた。
 昨日までなかった十円ハゲが、オクの左前足に出来ていたのである。真っ白な毛が抜けて、うすいピンクの地肌がクッキリと見えている。明らかに一晩でできたハゲだった。一晩中足を舐め続け、できたハゲだった。心を落ち着かせるためにネコは自分のカラダを舐める。オクなりに、昨日のケンカを、分かってしまったのだとしか思えなかった。
 
 
 動揺したままオクを抱き、じっとしているオクの頭を撫でながら何度も何度も謝った。ごめん、本当に、ごめん、どこにも行かないし、もうケンカもしないし、ずっと一緒だし、とにかくずっと一緒だよ。オクはいい子なのに私は悪いママだね、ゴメンネ。会社から帰ってくるときちんと玄関の前で待ってくれているのにね。お風呂から出てくると、濡れた私の髪をぺろぺろと舐めてくれるのにね。ハチはどこに行った? って聞くと、一緒に探してくれるのにね。これで遊ぼうよ、って、自分でオモチャ箱からオモチャを取り出して持ってきてくれるのにね。今でも私の指を母ネコの乳と思って毎日チューチュー吸っているのにね。ごめんなさい、ごめんなさい。
 
 
 気が付けば、この手の罪悪感を、私はオクによく感じてきた。オクのことは好きなのだけれど、心の底から愛しきることができない自分がいたから。私の後をついてまわり、すぐに膝にのりたがり、寝る時は必ずそばにいてくれるオクなのに、どうして私は「オクーーーーっ! 可愛いっううううううう!」とハチにするようにほおずりできないのだろう。モッチちゃんよりも私になつき、モッチちゃんが呼んでも無視するのに、私が”オク”って声をかければ、ニャッと言い、トットットッて小さい足で駆け寄ってくるほど私を慕ってくれているのに。子どもを愛せない母親とは、こういう気持ちなのだろうか。当然のように愛すべきなのに、当然のように愛したいのに、そして「愛され、必要とされている」にも関わらず、愛し切れている、という実感を持てない罪悪感。
 
 
 ちょうど母親が息子を殺してしまった事件のニュースが流れていた。「母親の資格がないですよっ!」と怒るコメンテーターがテレビに次々に登場する。ネコを傷つけハゲを作らしてしまう私にこそネコを飼う資格はないよっ! そう思いながら、「差別しない絶対的な愛」なんてものを期待される人間の母親になる資格とは、いったいどういうものなのかを考える。子どもを問答無用に愛せるのは幸福なことと思うが、それが当たり前ではないと思うのは、間違っているだろうか。お腹を痛めた我が子が可愛くないはずがない、というような使い古された言葉を、何度も自分に当てはめながら、それでも目の前の子に感じた違和感を、母親はどのように心の中に閉じこめているのだろう。
 35歳の若さなのに、老婆のように歩き、老婆のような疲れた顔をした女性の姿は、あまりに痛ましかった。彼女が抱えていたのは、「愛せる」「愛せない」というようなそんな問題ではなく、もっと具体的な厳しさであったろうが、それでも責められるのは母親としての「愛」の問題であることも含め、痛ましすぎた。
 
 
 モッチちゃんとはナカナオリをした。いつか生活空間を分ける時があるとしても今ではないね。言い過ぎたねゴメンネ。互いに謝りながら”二人で生活すること”とネコと一緒に暮らしていくこと”を、もう少し丁寧にやっていこうね、なんてことを話
した。
 
 
 ちなみに、いつのまにかそうなっていたのだが、私はネコに対して「ママ」と自称している。モッチちゃんは「バアバ」と自称している。”栄養を考えた手作りのお菓子を作って子どもの帰りを待つママ”という役割を私は演じ、モッチちゃんは”小学校しか出ていない教養はないが生きる逞しさだけは負けない戦中育ち”という役割のバアバなのである。バアバはネコを怒鳴りちらし、お皿を洗ずにカリカリをドバッと昨日のカリカリの上にぶちまける。それをみて、ママは「あらあら」と言いながらお皿を洗い、あまり水が好きではないハチのために、水分たっぷり入っている高級オーガニック食品をカリカリに少し混ぜて与えるのである。それをみて、今度はバアバがいまいましくこう言う。「免疫が落ちるよ! そんなに甘やかしちゃ!! だいたいいくらするんだそのエサは!!」
 
 
 そんなバアバは愛について悩まない。私がオクの10円ハゲを泣きながら見せても「よわっちーなー、オクは! ワハハ! ママが大好きなんだな、おまえは! ガハハ!」と言って笑った。役割が”愛”を規定するのか。専業主婦なママは悩むのか。手作りお菓子がママを狂わせるのか。私はオクとこれからどうなっていくのだろう、と、ライオンが出ているテレビをおとなしくじっと観ている(”NHKスペシャル” 最初から最後まで座って観ていたよ!!)頭のいいネコの後ろ姿をじっと観ている。可愛いよね、可愛いよね、だけじゃ、足りないような気がして悩む。ああ自分が面倒くさい。
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北原みのり

ラブピースクラブ代表
1996年、日本で初めて、女性だけで経営するセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」を始める。
著書に「はちみつバイブレーション」(河出書房新社1998年)・「男はときどきいればいい」(祥伝社1999年)・「フェミの嫌われ方」(新水社)・「メロスのようには走らない」(KKベストセラーズ)・「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)・「毒婦」(朝日新聞出版)など。佐藤優氏との対談「性と国家」(河出書房新社)・最新刊は香山リカ氏との対談「フェミニストとオタクはなぜ相性が悪いのか」(イーストプレス社)など。

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