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「抜かれたあとの若木」

茶屋ひろし2010.11.18

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二丁目まで自転車通勤をしている私にとって、いちばんつらい季節は夏です。正午というもっとも太陽が光を放つ時刻に毎日自転車を走らせているとすぐに顔が黒くなります。日焼け対策は、する年としない年があります。肌を紫外線で荒らされたくない、という気持ちは、かすかに年中脳内を漂ってはいますが、それほど強い意志ではないようで、日焼け止めを塗らずにサングラスだけで通してしまう夏もあります。それも、まず眼が紫外線を感知するからというUVカットの理由よりも、まぶしい太陽が苦手だから、とか、せめて顔面に日陰を・・という消極的な理由が勝っている面もあります。
通勤途中にはいくつかの信号があります。その最後にある信号は、今までの道のりの中で、もっとも真昼の陽のあたる場所です。しかも、ほぼ八割は赤信号のタイミングで、自転車の走行を一時停止することになっています。けれどありがたいことに、そこには大きな楓の木が一本植えられていて、夏には大量の葉たちが日陰をつくってくれます。汗をかきながら走ってきて、そこの赤信号に捕まるということは、楓のおかげで返って涼をとることができるのです。そして信号を渡ったところにあるヴェローチェに入って、さらに汗を引かせる、というのが夏の出勤時の行動でした。
ところがまだ暑い夏の終わりに、楓の木はとつぜん姿を消しました。一夜明けると根こそぎ抜かれていたのです。その信号場所は、本当に上手い具合に、ビルの陰すらできないところで、楓がなくなっただけで、直射日光の灼熱アスファルトと化しました。
なんということでしょう。
一時の涼を奪われてしまった私は、ショックと暑さに頭をやられたまま、ヴェローチェに入って道路に面したカウンターに座り、アイスコーヒーを飲みながら、今渡ってきた道路の向かいにある、楓のなくなったその場所をガン見しつづけました。
毎年、夏になるとその楓には根から幹へたくさんの蟻が上り下りしていました。「アリとキリギリスだわ」といつも頭の中で思って、あなたたちは蟻、私はキリギリス、と少しの懺悔に浸っていました。それも毎日です。
あの蟻たちはこんなことになるとは思ってもいなかったことでしょう。しかも楓の木と一緒にどこかへ運ばれていった者たちも少なくないと思われます。
人生って何が起こるかわからないわね・・、と「蟻の人生」を憂いてみたところで、人為的なことではないか、と思いなおしました。こうなることがわかっていた人たちが、あの木を抜いたのでした。翌日に立て看板の存在に気づき文面を読んでみると、電力工事のために抜かれた、ということがわかりました。そんな・・こんなに毎日楓の木陰を必要としていた私を差し置いて勝手なまねを、と、けして一般的には通じないような憤りを感じていたら、一週間後に、二メートルもないほどの楓の若木が同じ場所に植えられました。ひょろっとしていて枝振りがスカスカで、細い幹の陰すらアスファルトに確認できないような、涼をとるまでに数年はかかりそうな若木ですが、その姿にふっと笑ってしまいました。植樹したのは、工事をした電力会社のようです。というか、そこに街路樹を植えることは都か区で定まっていることでしょうか。
元にあったあの立派な楓がその後どうなったのかはわかりませんが、ごそっと抜かれた後に、そっと添えられたような若い木に、景色が変わってしまったことを感じました。あたりまえでした。じゃなくて、一度絶望が訪れた地にまた希望が生まれた・・みたいな物語を、はからずしも読んでしまった、ような気持ちになりました。
今はもう、すっかり陽も弱くなり、むしろ寒いくらいの季節になったので、損得勘定はどこかへ行ってしまい、これから寒くなるけどがんばれよー、くらいの気持ちで若木の隣で信号を待っています。
話は変わるようで繋げていくつもりですが・・、最近ゲイバーのマスターに薦められた、トランスジェンダー(MtF)の人が書いているブログがおもしろくて、気がつけば読んでいて、あれ、毎日読んでない? という日々を送っています。
日記というより、まとまった文章をいくつかテクストとしてアップされていて、一冊の本としても読んでみたいヴォリュームがあります。
あらためて、トランスとゲイはぜんぜん違う、と影響されています。
二丁目で働き出したときに、私のことを、「べったらオネエ」と言った人が、最近になって「あなた、トランス 入ってる?」と言うようになりました。わかりにくいかもしれませんが、この人の私への印象の変化が、私には、抜かれた大木のあとに植えられた若木の物語とかぶりました。
「べったらオネエ」というのは、「とってもオネエ」という意味で、ゲイがゲイを揶揄しているような意味合いも含まれていたように思います。「トランス 入ってる?」は、「インテル 入ってる?」みたいな語感で嫌いではありません。
どちらを言われた時も、私は曖昧に笑うしかありませんでした。それは、自分のことをよくわからないままにしておきたいのか、本当によくわからないのか、あれ、ただのゲイじゃなかったっけ? とかいろいろ思っているうちに曖昧な笑みになっている、というような状況です。
先日、「インテル 入ってる」を言われたゲイバーで、そんな取り外し可能なチップではないようなトランス(MtF)の方に会いしました。並んで座って話していたのですが、「ゲイの男性には興味がない。私は女なんだと思う」と、まっすぐ前を向いてそう言いました。いくつかのショーをこなしている人で、女装するゲイだと思っていたので、ゲイじゃないんだ、と認識を新たにしました。そしてその、すとん、と落ちるような「私は女」という発言に、この人はトランスだけど、トランスじゃない、と、読んでいたブログの内容を思って、では、ゲイのオネエ(女装)、ってなんだろう、それはゲイ(男)で女ではない、その状態こそトランスなのか、と頭の中がこんがらがりました。
「彼氏もできたし」と、トランスの人は言いました。女装した男子を好きな、ゲイではない彼氏だそうです。そして、「どんな人でも需要はある」と笑いました。
そう、幸せそうでいいわね・・、とオネエ言葉で返しながら、今の私は女装しようと思わないし、ただのゲイになったと思っていたら、「トランス 入ってる」ことにもなって、そうも思えないけれど、また失恋でもしたら景色も変わるのかしら・・、とあの若木を思い浮かべました。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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