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カムバックホーム

アンティル2012.01.31

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あのうんちはどうすればよかったのか?
今でもその謎は解けない。サーティーワンのカップアイスのようになったそのコップを持って看護士は明るい日差しの中にある廊下を掛けていく。笑い声と
羞恥心で満ちた部屋で私はベットに潜り込む。
41度オーバーの熱が冷めずに、嘔吐を繰り返す私は、明日には退院できる!と信じながら点滴と薬に身をまかせていた。
朦朧とした意識の中で『病院食もやはりタイ料理なのか・・・』などとぼんやり考えていたが、リゾート地にある島一番の病院の食事は実に豪華だった。メニューが選べるのだった。卵はスクランブルエッグ?それとも目玉焼き?魚or肉?食べることなどできない私にはあまり関係ないサービスだったが、日本にはないサービスに驚いた。しかも毎日友人が高級ホテルからバトラーを連れて高級食材と共にやってくる。竹を編み込んだ籠の中にはドラゴンフルーツや自家製蜂蜜や特製ヨーグルトや豪華なケーキ・・・。病室には食べ物が溢れていた。しかしやはり私は食べることができない。
大きな窓からはヤシの実が見える。ベットと室内のトイレの往復で息を切らす
私にはこの世界がすべてだ。ときおり開くドアの向こうには燦々と光が輝き、ここが南国だと教えてくれる。どうやら中庭がある開放的な作りになっているらしかった。部屋には大きな液晶TV。『私は何をしているんだ』悲しみは深まった。
2日目になっても3日目になっても、私は一向によくならなかった。1年働いてようやく休みを手に入れた夏休み。しかも1泊ウン万円もする高級ホテルだ。
1日でもいいあのホテルで過ごしたい。しかしよくなるどころか原因さえわからない。私は寝ながら思い当たる病原体を考える。同じものを食べた友達は何でもない。私しかしていないこととはいったい??????
『!!!もしかしたらあのプールでは????!』
ダイエットのためにと張り切って泳いだプール。前のホテルのプールは不思議な色をしていた。そこでジャブジャブと泳いでいた私は何度か水を飲んだ。
その味は錆びたような少し変わった味がした。
『!!!!いやあのマッサージ屋さんの飲み物では?!!』
友達は飲まなかったマッサージ後のドリンク。ホテル以外で唯一飲んだもの。
美味しい美味しいと飲んだあの液体。『あー私は何をはしゃいでいたんだ。あのプールで本気で泳がなければ、ごくごく飲まなければ・・・』と悔やみ、夜は枕を濡らした。
4日目を過ぎた頃から熱は38度から39度あたりまで下がり始めた。意識がはっきりしたとたん、私は猛烈な寂しさに襲われた。1日1回ないし2回来るいい匂いの友人を心待ちにした。友人が帰り夜になると私を助けてくれるのはTVだった。しかしもちろんタイ語、何を言っているのかわからない。看護士もタイ後、掃除のおばちゃんもタイ語、そのうち私は初めての感覚を味わう。ホームシックだ。『日本が恋しい』。そんな私を慰めてくれるのはクレヨンしんちゃんと吾郎だった。見慣れたしんちゃん、日本の街並み。タイ語で話すしんちゃんではあったが、私はしんちゃんの登場を心待ちにしていた。
そして吾郎は日本の野球アニメの主人公だ。一度観たことがあるそれはストーリーが頭に入っている。唯一、しっかり楽しめる息抜きになった。
日本に帰る日まであと2日。『1泊でもホテルで過ごしたい!』その希望は私から見ても無理な話しだった。熱が下がらない、歩けないのだ。
医者「このままでは帰国できるかわかりませんね。」
英語のわかる友人が訳して私に告げる。
私「這ってでも帰ります!」
医者「37度3分以上の方は出国できない決まりになっているんですよ」
私「!!!!」
私の目標は“ホテルに帰る”から“2日後日本に帰る”ことに変わった。この時点で熱は38度オーバー。しんちゃんや吾郎に別れを告げて頭まで布団に潜る。とにかく熱を下げなければ。帰国予定日前日の夜。医者と共に看護士がやってきた。
医者「これで熱が下がっていなければまだ退院できませんよ。」
私「・・・・・・」
ぴぴぴ
看護士「37度9分です」
医者「やはりもう少し入院してください」
私「いやです、いやです。ワンモアチャンス~!!!」
私の涙目が効いたのか、結局出国の直前の夕方の結果によって判断することになった。
ぴよぴよぴよ/鳥
看護士「グッドモーニング!!」
私「WHERE IS  DOCTOR?」
一人でやってきた看護士に聞く。
看護士「HOLDAY!」
なんということか、ドクターは休みだという。じゃあ誰が退院許可を出すのか?!!
私「I HOPE TO GO JAPAN! BUT WHO CHECK FOR MY Flight & MY BODY MY IMIGRATIN?!!!」
(私は日本に帰りたい。しかし誰が帰れるかチェックしてくれるの?!! )
必死な訴えが身を結び、結局、医者がいなくても熱が下がれば退院できるということになった。条件は37度3分以下。看護士が体温計を私に手渡す。私は
北極にいる熊になっている自分を想像し、正座して体温計を脇に挟んだ。
ぴぴぴ/体温計 その数字は37度8分を示していた。
私「OH! NOOOOO!!ワンモアチャンス ワンモア! ワンモア!!」
看護士は見るに見かねてもう一度体温計のボタンを押した。
今度はあまり脇を締めずに終了の音が鳴るのを待った。
ぴぴぴ/体温計 37度7分。
私「ミステーク!ミステーク!プリーズプリーズチャンス!!!」
体温計を渡さない私に看護士は明らかに困った顔をしている。廊下に消えた看護士はもう一人の看護士を連れてきた。陽気な看護士は笑いながらOKマークを作る。脇にそっと体温計を挟み、何かいい策はないかと思ったその時、神は私を味方した。
ドアからもう一人の看護士
「▲$%&‘」(00)=0」
病室から看護士が出て行った。残るは私ただ一人。私は一瞬で37度8分を示していた体温計をリセットし、指で先をこすった。最新型の体温計は子供の頃にやった水銀体温計とは違い、思うように操作できない。コツコツコツ・・・
看護士の足音が近づいてくる。
看護士「FINISH?!」
私は急いで体温計を脇に戻し、それを差し出す。病室にはもう一人の看護士が戻っていた。
35度
看護士は笑って体温計を指で擦った。
私「プリーズ!プリーズ!カムバック ホーム!」
看護士「コングラッチレーション!」
私は生まれてはじめて病室のベッドでガッツポーズをした。空港に行くタクシーに乗り込もうと車いすに乗る私は、その時はじめてこの病院を見た。開放的な大きな病院。私を送る看護士のみんなはみんな体温計をこする真似をしていた。日本と言えば折り紙、新聞で作ったやっこさんをお世話になった看護士に渡す。うんちちゃんの退院。
それから後のことは覚えていない。私は無事帰国し成田から感染病専門の病院へと移っていった。2012年私はあの地に行く決心をしている。

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アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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