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二丁目にて。波瀾万丈恋愛、またはじまりました。

アンティル2014.04.04

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2丁目に通い始めて数ヶ月。私は、Tとの失敗を繰り返さないようにより男に近づくべく、スポーツジムで本気のトレーニングをして、プロテインを飲み、二の腕を1.5倍にして脱オンナのカラダを目指していた。
私は毎日のように馴染みのレズバーに通い、お酒を飲み、狩りをするようにノンケの女子が店に入ってくると目を輝かしていた。その店で“獣のアンティル”と呼ばれていた。運がよければワンナイトラブ!デートをした相手もいたがTの時のような激情を味わえる瞬間はなかった。
その日は雨だった。満席の店に2人組の女子がやってきた。一人は“タチ”ぽい30代。一人は、お水風の20代だった。その時、私のノンケセンサーが始動した。ピピピピピー!私は客なのにカウンターに入り、ゆっくりとした動作でそのお水風女子の斜め前に陣取った。なぜ正面でなかったか。
“がっついていると嫌われる”。そう思っていたからだ。
がっついているのにかっこつけるなんて、私の脳は、明らかに男脳にかぶれていた。
ア「こういう店初めて?」
お水「うん!そうなの!このお客さんに連れてきてもらったの!」
“タチ”っぽい30代が、このお水風女子を狙っているのは確かだった。ようやく“自分の場所”に連れて来たのに、時間をかけてここまで来たのに、変なヤツが割り込んできた!そんな目をしている。しかし、私はお構いなしに話を続けた。それがこの町のルールだ。
ア「どう?こんなにたくさんのレズ見るの初めて?」
お水「初めて!!楽し~!!乾杯~!」
ア「どこで働いてるの?」
お水「昼間は設計事務所で夜は歌舞伎町なんだ・・・・」
私は徐々に間をつめ、お水風女子の前に立った。“タチ”っぽい30代は私に怒りをぶつけ、店を出て行った。2人で焼酎のボトルを1本あけた頃。お水風女子はトイレに行った。お決まりの手。しばらくして、私は彼女を心配するフリをしてトイレに向かった。深夜3時、雨がコンクリートを打つ音がする。一瞬シラフになり、思ったより酔っている自分に気がついたその時、ドアが開いた。考える猶予もない瞬きほどの時間、私とお水風女子はどちらともなく激しいキスをした。心も追いつかないほどの衝動。衝動、また衝動!頭を置き忘れたまま動く体。それはキスというセックスだった。私達は唇を離してもそれを続ける場所を求めていた。言葉を交わすことなくお会計をして、私の家に向かうタクシーに乗り込む。その日にうちに泊まる約束をしていた友人レズビアンカップルも、どさくさに紛れて乗り込んだ。後部座席に並ぶ私とお水風女子は家に着くまでの30分、ずっと歓喜の声を上げていた。
家に帰り、私とお水女子はセックスをした。ベットの下には、セックスをしたいのに言い出せないと悩む友人カップルが寝ている。いや起きている。しかし私に理性などない。キスをしたあの場所に、雨の中に心と頭を置いてきてしまったようだった。ただカラダが動き、激しく興奮する。気がつくと朝になっていた。
次の日、名前と電話番号だけを交換して私達は別れた。
昨夜の出来事が私に新しい自分を教えてくれた。激情。でもそれはTの時とは違う。カラダに直結する激情だ。形はTの時と同じ。私は裸になることはなく、トランクスとTシャツを着てセックスをした。Tとのセックスは理性を失ってはいけない頭をフル回転させたセックスだった。オンナであること、その気配が少しでもすればそこで終わってしまうセックス。しかし昨夜のセックスは頭などないに等しい。取り戻した私の頭の中は違う色彩を手に入れ、まだ興奮していた。
仕事を終えて、家に帰った深夜0時。家の電話が鳴った。それは聞き覚えのない声だった。
「あの、昨日の・・・・」
私達は繁華街の中にあるファミレスで待ち合わせをした。ムダに明るい店内の中にジーパン姿のお水風女子はいた。
「私、本名Sって言うの」
その日私達はまたセックスをした。そしてその次の日も、そしてその次の日も。そして週末の夜、ベットの上でSは言った。
S「これから彼氏に会ってくる。」
ア「かれし?・・・・・・・・・」
S「別れてくるから待ってて!」
私の激しくも悲しい恋の始まりだった。

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アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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