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40年FTMとして生きていれば、差別や侮蔑の視線を向けられる経験は1度や2度じゃない。電車の中で「あんた男?女?」と聞かれ逃げ場のない視線を浴びたり、「どんなセックスするの?」と知らない人から聞かれたり、「そういう人とは関わるな」と親から言われたと友人から聞かされたり、医療現場では保険証に書かれている性別とは違う姿に説明を求められたり、そんな経験ならばA4、10ページは軽く書くことができる。

私の記憶にある、侮蔑や差別の視線を向ける人々は、大抵がうっすらと笑いながら檻に入れられた動物に檻の外から棒で動物のカラダを突くように言葉を向ける。逃げ場のない動物はもちろん私で、その檻は社会だ。社会を隔てる檻の向こういる“社会”に住む人々は、檻を囲む柵がはっきり見えている。だから安心する。“鑑賞”するのは好きなくせに、檻の中から動物が自由に出入りすることを許せない。いつも笑いながら私に話しかけ、私が檻を出て歩き出し、“檻の向こう側”に行こうとすると敵意を露わにする。だいたいそんなもんだ。

セクシャルマイノリティがどれだけ暮らしやすいか。セクシャルマイノリティをどのようにその国が見ているのかがわかる場所がある。入国審査だ。パスポートの性別と私の姿を見比べ、「性別は女なの?」とにったりと笑って聞く人、隣にいる仲間に「おい、これ見ろよ」と堂々と見世物にする人、何も聞かないでスタンプを淡々と押す人、入国審査での対応はその国の空気そのものだ。それは時流によっても変わり、あるアジアの国では1年前より今の方が露骨に嫌な顔をする。

この春、ヨーロッパに行った。入国審査は実にスムーズで、笑顔でスタンプを押された。EU圏はいったん入国すればもう入国審査がない。「さすが!ノンストレス!」と通ったはいいが、その国から次の国に移動しそこで私は差別というものがどんなものなのかを考えさせられる経験をした。

カジノに行った。一人で。私はカジノが合法とされる国であれば必ずカジノに行く。ゲートでパスポートを見せなければいけないので、それなりに嫌な目にはあうのだが、入れなかったことは一度もなかった。その国を代表するカジノがホテルの近くにあると聞いて、フロントでドレスコードの確認をし、そこに行った。ヨーロッパのカジノはドレスコードがあることが多い。一攫千金の夢を抱いていざカジノへ!そこは半ズボンスニーカーで入る白人、Gパンのカップルなど実に自由な雰囲気だった。私はゲートでパスポートを係員に見せ入館しようとした。歓迎ムードの笑顔がパスポートを見せたとたん表情が変わった。
パスポートを返され、白人の50代の係員は行った。
「あなたは入れない」
「なんで?」
と聞くと、笑いながら「駄目なものは駄目だ」と相手にしない。私が理由を聞き続けても無視をし、次の客を通し始めた。それでもその理由を尋ねていると面倒くさそうに「服装が駄目だ。」と言うのだ。麻のパンツにスニーカー、そしてTシャツだった私は、目の前で半ズボン姿で通る白人を指さし、「なぜあの人がよくて私がだめなのか」と声を張り上げた。
「スニーカーでしょ?あなた」
笑いながらその男は言う。でも私の前でまたスニーカー姿の白人男性が通される。私はまた指さす。今度は隣のゲートの係員に何やら話しかけ、目配せをしてこう言った。
「Sit Down!」
野良犬を追い払うように、手を動かしながら言った。

悲しみと悔しさと怒りとが混ざったあまり味わったことがない、感情が込み上げてきた。涙がこぼれるのを必死に耐えた。ホテルにいた英語が堪能な友人に電話をし、その係員に電話を代わってもらい、入れない理由を聞こうとしても、笑って私を追い払う。
「Sit Down!」
その男は出口に向かって手を動かす。
あっちにいけ。

2人の係員が笑いながら私の主張を無視する。その場から出て行くことが悔しくて、私は自分よりカジュアルな服を着てカジノに入った人を見つけては写真を撮らせてもらい、友人に送った。そしてそれをホテルのコンセルジュに見せ、クレームを入れてもらうことにした。その電話に丁寧に答える係員にホテルのコンセルジュも強くは言ってくれない。私は自分が本当に野良犬になったように、そのカジノの入り口で呆然と立っていた。そこから去らないという意思表示しかできなかった。

帰り道、私は差別の恐怖を前身に纏っていた。これまでの差別とは違う、何かが違うのだ。何の余地もない、権力的な差別。あの目は好奇の視線でもない、人間として人間を見ていないそんな目だ。その差別に私は少し恐怖し、そして何も手段がないことに愕然とし、そして悔しさだけでない悲しみが溢れて涙が溢れてきた。差別されてその場で涙が込み上げてくるなんて始めてだ。

あの係員は明らかに、私の性別を見てから私を入れないと判断した。そしてそれに相応しい“扱い”をした。そうしてもいい対象だと判断した。今でもこの時のことが、これまで私が受けた差別とどう違うかうまく言葉にできない。ただあの時の涙だけがまだカラダの中に残っている。

人種やセクシャリティに対する差別は、どこから来るのだろう?私を排除してあなたに何の得がある?そこまで嫌悪する理由は何なの?けして帰ってこない答えを前に、“差別される側”は何をすればいいのだろう?怒りも言葉も意味を持たないその視線の中で、“差別する側”にわかってもらおうなんて、そんなの無理ではないか。

マイノリティに向けられる様々な差別が溢れる今の時代の中で、私はその一つ一つに心がシンクロし絶望的な気持ちになる。ただ一つ救いなのは、この話しをすると共に怒ってくれる友人がいることだ。差別をなくす。そんなこと本当にできるのだろうか?改めてそんなことを考える旅になった。

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アンティル

アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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