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例えば、就職活動を突破し、銀行に採用されて、最初に配属された支店で『なんとなく仕事面に不安が残るが、愛想は良くて素直な新人』という印象を持たれたら、同僚はともかく、上司たちは基本、永遠に『そういうもの』として接してくる。ここで言う『永遠』とは、『異動するまで』だ。

支店には百人くらい人がいて、そちらの方がコミュニケーションをとりやすいし、第一、管理しやすいからだろうと私は思っていた。

極端な例だけれど、休日は自分の為にストックしてあるキャビアをてんこ盛りにして、キャビア丼を食べるのがストレス解消法です、と歓迎会で発表してしまった先輩は、その情報が開示されたが最後、いつまでも高級志向のお姉さまというキャラで扱われて辟易としていた。

「あたし、失敗しちゃったな。冷凍庫にキャビアの瓶詰ストックしてますなんて言うんじゃなかった」

課長と外回りに行った同期の男が、担当顧客から大量に貰って来たサツマイモを課内で分配しましょうか、となった時に、別の男性行員から「サツマイモはキャビアに合わないよねぇ」等と笑いながら言われたことを先輩は怒っているのだった。私たちはロッカールームにいて、私の傍らにはスーパーの袋に無造作に突っ込まれたサツマイモが3本ある。先輩はサツマイモを貰い損ねてしまった。

「先輩、おイモ、私3本貰ったんで分けましょうか」
「いや、菊池ちゃんせっかくだから持って帰りな」

同じくロッカールームにいたつばさちゃんの方をチラッと見ると、つばさちゃんが寄ってきて

「いやいや姐さん、持ってってくださいよォ!」
と言いながらサツマイモを一本取り出した。

3かける2は6で、6割る3は2だ。私の鞄の中にたまたま入っていたコンビニの袋に自分のサツマイモを1本入れると、つばさちゃんがそこにもう1本詰め込んだ。先輩は「なんか私、巻き上げたみたいじゃない?」と笑いながら受け取って、少し嬉しそうにもう一度コンビニの袋を見た。

「先輩、マジで今もキャビア買い置きしてるんですか?」
この際だから聞いてみよう、と思って尋ねると、先輩は「最近は冷凍のフォアグラ買ってる」と言ってニヤッとした。
「フォアグラ!」
「あれをね、表面カリッと焼いて、はちみつとバルサミコ酢と醤油でサッと作ったソースに絡めてご飯に乗っけると美味しいんだよねぇ」
先輩はサツマイモが入った袋をくるくると丸めてセカンドバッグにしまうと、ふふふ、と笑った。
「ストレス吹き飛ぶよ」

そう言えば、キャビアのことだって、「休日何してるの?」という百万回は聞いたような誰かの質問に「ストレス解消にキャビア丼作って食べてます」と答えたのが始まりだった。私もその場にいたのだ。
「オッサン達に、こっちはストレス溜まってんだよ!ってアピールしとこうと思って、ストレス解消のキャビア丼の話したのにさぁ、キャビアのことばっかりネタにされて、ほんとやんなっちゃうよね」
先輩は「だからフォアグラのことはここだけの秘密」と言うと、「二人はどうすんの、帰る?」と聞いてきた。
「すみません、私約束があって」
「まぁ菊池ちゃんは色々忙しい時期だしね」
「はは……」
先輩すみません、と思ったが私はそれ以上何も説明しなかった。
山田仕郎が今何をしているのかは、全くわからない。
約束の相手はお花ちゃんだ。

駅を通り抜けていつものコンビニに行くと、お花ちゃんは駐車場で缶コーヒーを飲んでいた。
今日は飲みに行く約束をしているので車は無い。
「お疲れ、デブ」
「お待たせ。今日行くお店、予約取ってたっけ?」
「いや、取ってないけど」
先輩の誘いを私は断ったが、つばさちゃんは「ヒマでーす!」と言っていた。
「今日ねぇ、つばさちゃん、課の先輩と二人で飲みに行ってるっぽくて、もしかしたらお店同じかも知れないんだよね。行こうと思ってたお店、つばさちゃんから教えて貰ったところじゃん? もしかしたら鉢合わせするかも」
「フーン、じゃ、別の店行くかぁ」
お花ちゃんはコンビニのゴミ箱に空き缶を突っ込むと、「オラ、さっさと行くぞ、イモブタ!」と新しい名前で私を呼び、先に歩き始めた。私がぶら下げていたサツマイモ入りのビニール袋に、目ざとく気付いたようだった。

私には、第一印象を守ろうとする傾向があった。
『なんとなく仕事面に不安が残るが、愛想は良くて素直な新人』というのは、配属された最初の支店で、そういう風に思われていたふしがあるような気がするのだ。

社会人1年目の時は何もわからず、とりあえず、ぶすっとしているよりは笑っていた方が良いだろう、営業なんだし、と思っていたし、自分の下に何年も新人が入ってこないので、結局異動するまでずっと一番下っ端だった。失敗を隠す方法を知らなかったので、ミスは全て包み隠さず報告していた。恵美子さんからお見合いの話を貰ってから上司に相談もせず、一人でまとめてしまうまで、今思えば不審な行動は沢山していた筈なのに、これだけ不正に厳しい銀行内で全く気付かれなかったのは根付いた第一印象のお蔭で皆油断していたからだろう。

「お花ちゃん、私の第一印象って何だった?」
お花ちゃんは考え込むふりをして、「豚、かな……」と言った。
「ふざけてないで真面目に答えてよ」
「正直覚えてねーよ。でもまぁ、少なくとも当時は豚だとは思ってなかったな」

お花ちゃんに連れてこられたのは、コンビニから1ブロック歩いたところにある、雑居ビルの3階に入ったビアバーだった。壁のテレビでは海外のスポーツ番組か何かが流れている。つばさちゃんも先輩もスポーツ観戦に興味は無かったので、鉢合わせすることは無さそうだ。

私はパイントグラスになみなみ注がれたビールををちびちび飲みながら、お花ちゃんに、先輩の第一印象とサツマイモの配布について話した。
「フーン、胸糞悪い話」
「まぁそうなんだけど」
「つーか、飲み行って話したりしてりゃ、印象なんてどんどん変わってくだろ。くっだらね」
その通りであった。
私は今の支店でどう思われているのか、いまひとつよくわからなかった。

ただ、何となく『油断ならない女』だと思われていそうではあった。お客さんとササッと話をまとめて、その孫と結婚をきめてしまうような。
そう言えば、営業車のドアを門扉の鉄柱にぶつけてしまった件もバレていない。隠ぺい大成功だ。
けれど、お花ちゃんに面と向かって「私って油断ならない女だと思う?」と尋ねるほど、私の面の皮は厚くない。

お花ちゃんがトイレに立つのとほぼ同時に、ドアがカランと鳴り、スーツの男性二人が入ってきた。何気なくドアの方を眺めると、入ってきたのはサツマイモを配布していた同期の間野君と、支店に出向してきている関連会社の証券の男だった。

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菊池ミナト

菊池ミナト(きくち・みなと)

主婦
リーマンショック前の好景気に乗って金融業界大手に滑り込んだアラサー。
営業中、顧客に日本刀(模造)で威嚇された過去を持つ。
中堅になったところで、会社に申し訳ないと思いつつ退社。(結婚に伴う)
現在は配偶者と共に暮らし三度三度のごはんを作る日々。
フクロウかミミズクが飼いたい。 

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