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TALK ABOUT THE WORLD ドイツ編 スザンネのファンタジーライゼ

中沢あき2019.09.27

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ドイツではめずらしい熱帯夜の余韻が残る7月の蒸し暑い朝、インストラクターの声がしずかな部屋の中にゆっくりと響く。

さあ、右の大腿骨をはずして、冷たい水にひたしましょう。せっけんを泡立てて、やさしく骨をなでて、さびや汚れを落としてきれいにするの。きれいな水ですすいで、そうしたらそっと水気を拭き取って、やさしくみがいてあげる。そしてきれいになった骨を、また骨盤にはめてあげるの。

床にあおむけになって寝そべった私たちは目を閉じて、お腹にそっと手をおく。骨盤にふれ、そして彼女の声に導かれるように、骨をそっとはずす。

こんどは左の大腿骨よ。そっとはずして、さびや汚れを落として……。

そうだよね、私の骨も40年以上使い続けてきたのだから、たしかに骨の間には汚れもたまっているだろう。汚れが落ちてきれいになって、ふたたび骨盤にはめられると、足の動きがすっとかるくなる。

これは私が通っていた産褥体操教室の一コマだ。ひとしきり体を動かしてエクササイズをした後の締めに、皆が床にあおむけになり、目を閉じてリラックスする瞑想タイムなのだ。

インストラクターのスザンネの語りかけに頭の中で想像をふくらませると、ほんとうに足の付け根から背中へと体がほぐれていくから不思議だ。マッサージをしたわけでもないのに、目を開けて起き上がれば、朝からあった体のだるさが消え、不穏だったお腹の調子も落ち着いていた。

スザンネが「ファンタジーライゼ(空想の旅)」と名付けるこの瞑想タイムは、彼女のコースプログラムの中でも私が一番気に入ったものだった。瞑想が終わって目を開けると、心も体も芯からほぐれて真新しくなったようにすっきりする。心ってほんとに体と繋がってるんだな、心のケアって体にも効くんだなと実感する。

「ちょっと奇妙なお話かもしれないけど、効くでしょう?」と笑うスザンネは、産前産後の体のケアを考えたエクササイズを教えるインストラクターであるとともに、理学療法士としても治療や指導をしていることもあり、彼女のエクササイズは女性の体と心の仕組みを理解し、ていねいかつアクティブなものだ。

日本で言う産褥期をドイツではWochenbett(ヴォッヘンベット)といい、産後8週間のこの期間は体を安めるようにと言われる。そしてそれが過ぎる頃から、Rückbildung(リュックビルデュング)といって産後回復に努めるようにと、産婦人科医や助産師からそのためのエクササイズを勧められる。出産で位置が変わった骨盤や周辺の骨、骨盤底筋や腹筋、背筋など緩んでしまった体の回復をいたわりながら促すためのものだ。

このエクササイズは産婦人科や助産師に教えてもらうこともできるが、産科のある病院や助産院、その他フィットネスクラブなどで、数週間にわたるこの産後回復のエクササイズコースがあり、この費用は法定健康保険でまかなわれるので、出産後の女性はほぼ皆がこれに参加する。

私も産後3カ月経った頃にこのコースに参加したのだが、それでも腹直筋や骨盤底筋の弛みが戻らず、尿漏れだのなんだのに困っていたところ、スザンネによる骨盤底筋強化エクササイズコースというのを見つけて参加することにしたのだった。

ちなみに昨年は彼女の妊婦向けのピラティスコースに参加していたのだが、そのときはピラティスのかなりハードな運動量になかなかついていけず、起き上がり小法師のようなエクササイズを大きなお腹で軽々こなす他の妊婦さんたちを横目に、起き上がれないままの私は「カフカの『変身』のグレゴワールみたいだな〜」とひとり苦笑したんだっけ。

それはさておき、この骨盤底筋強化コースも昨年通ったピラティスもまた、健康維持のための必須事項とみなされて、法定健康保険が年2回までコース料金の8割までカバーしてくれる。この制度は女性や妊婦に限らず、あらゆる世代対象の各種プログラムに適用されるので、これを利用してフィットネスに通う人も多い。

国をあげて健康維持にはげむ、という背景には、深刻な病気や老化を予防して医療費を抑える、という国策目的もある。目の前の取り繕いではなくて長期の取り組みによる改善と成果を見据えた政策のドイツらしさはこんなところにも垣間見えるのだ。

さてスザンネの指導するコースでは、妊娠出産により変化した体の構造をなるべく妊娠前の状態へと戻していけるよう、そして体のトラブルを改善できるようなエクササイズを教えてもらえる。それは単に体のトレーニングだけじゃなくて、例えば妊娠出産によって骨盤や骨盤底筋がどう変化したのかを模型や図解を使って教えてくれたり、参加者一人ひとりのお腹をじかに触って腹直筋の状態を触診してくれたりする。

そしてこれは春先に参加した最初の産後回復プログラムでも別のインストラクターが紹介していたのだが、骨盤底筋をきたえるエクササイズの一つとして紹介されたのが、なんと膣トレのケーゲルボール!

「セックストイショップで買えるのだけど、こういうものがあってね。骨盤底筋の強化に使えるので、エクササイズのアイディアの一つとしてはお勧めよ。それにセクシャリティは体と心の両方に効く最高のエクササイズケアよ!」

このセクシャリティは最高のケア、という言葉はそういえば産婦人科の産後検診でも聞いた。考えてみれば当たり前のことなのだけど、妊娠出産という出来事とセクシャリティが結びついていることを普通にさらりと語ることは、そのふたつが別々のこととして扱われがちな日本の社会ではまだ想像がつかない。

ドイツではこの産褥体操コースが法定健康保険でカバーされることも、妊娠出産が女性の体にとって一大事なことであり、また女性の心身の健康がいかに社会において大切なこととして捉えられているか、そのことを身を以て実感したのだった。

 

写真:© Aki Nakazawa
 エクササイズ中の一コマ。赤ちゃん連れのママたちが参加できるよう、隣の部屋ではベビーシッターが子どもたちを預かってくれます。
それでも泣き止まない赤ちゃんは、エクササイズ中のママのところに連れてこられ、おっぱいをもらったり、落ち着けば運動するママのかたわらで声をあげて遊ぶことも。
ちなみにスザンネの「ファンタジーライゼ」の語りかけの間、うちの娘は静かに一緒に聴いていました。子どもにとっても瞑想の時間だったのかもしれません。

スザンネのエクササイズ「Spicy Move」については一部を以下で見ることができます。

Susanne Gottschall  Spicy Move | Training für Bauch & Beckenboden
(ドイツ語のみ) 

https://www.youtube.com/watch?v=JPzKtHUskqI&feature=youtu.be

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中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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