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2021年3月14日、晴天。わたしは母と福岡市中央区は天神の商店街をブラブラ歩いていた。暇だったのである。午後からは兄の結婚式という(彼にとっては)一世一代のイベントが控えていたにもかかわらず、日頃の癖で早々にホテルの朝食も食べ終えてしまい、時間を持て余していた。

そこで調べてみると、我が敬愛するアルテイシアさんの文庫新刊がひと月も前に出ているというではないか。これは買わねばと商店街を歩き、2軒目の書店で発見。まだ講談社X文庫ホワイトハートだった『十二国記』を初めて手にした書店だった。
ああ、ノスタルジー。
母が「アルテイシアさんあったよ!」と知らせてくれたのでダッシュで駆け寄りQUOカードを財布から出してお会計をすませた。店員さんから本を受け取った際、少し重い気がした。

タイトルは、『離婚しそうな私が結婚を続けている29の理由』(アルテイシア著/幻冬舎刊/2020年)
本来ならわたしの隣にいるはずのパートナーは、その時はいなかった。
パートナーシップが壊れていたからだ。
この冬は散々だった。引っ越しと初の猫との暮らし(パートナーは常に猫のいた家庭育ち)、そして約2年ぶりの仕事。
今思えばその日一日を無事に終わらせただけで「はい、ご苦労さん!」と猫をなでつつドライゼロ(当方下戸)で自分をねぎらってあげてもいいくらいの変化があり、徐々に慣れていけばよかったものの、そうはできなかった。
家事がおろそかになっている。猫との接し方はこれでいいのか。仕事で迷惑に思われていないか。開ける必要のない「不安の引き出し」をわざわざ開けては半泣きになっていた。
そして、一番大きな引き出しも開けてしまった。
「こんな国にいたくない」「子どもを産んで海外で育てたい」
――――日々の暮らしを思わず、壮大な未来ばかりを見ている
パートナーからも親からも言われたことだが、当時のわたしは泣きながらこう反論していた。
「うつ病で、女で、マイノリティーで。夢を見ないと生きていかれない」と。
こうしてフラストレーションがたまり、パートナーとの仲もギクシャクしていった。そして年が明けたある日、わたしは宣言した。
「神戸の実家に帰ります」
書いていて恥ずかしいほど勝手だ。自分で家庭の空気を重たくしておいて、息苦しいからと逃げたのだ。
猪突猛進なわたしは、ものすごい勢いで荷造りをすませ、自分の持ち物をすべて実家に送った。巳年だがアナコンダ系なのだろう。

そうして神戸に帰ったはいいものの、そこでようやく己のしでかしたことに気がついた。パートナーと電話しては二人で号泣した。神戸に知り合いはまったくいない。寂しい。パートナーに会いたい。友人と話したい。それでも、子どもを求めるなら、今このタイミングでハンドルを切るしかない。
もどかしさは自身の肉体への暴力に変わった。スマホの角で手の甲を何度も打ちつけた。アザができ、腫れるのを見ると落ち着くような気がした。そんなガタガタぼろぼろの状態で福岡へ向かった。
コロナで一年近く延期を余儀なくされた結婚式と披露宴は、親族とごく身近な友人だけというアットホームであたたかいものだった。
兄を伴侶に選んでくれたYちゃんは、すてきな人だ。少し話しただけでいかに家族の中で愛されて育ってきたかがわかる。そして彼女自身の幸せで、まわりを照らしてくれる女性だ。
披露宴の最中でも、Yちゃんとご両親の様子を見ているだけでこちらも笑顔になった。それだけでなく、彼女は大切なことを私に気づかせてくれた。
―――――――わたしも、同じように愛されているではないかと。
家族だけではなく、パートナーからも、その家族からも、友人からも。
わたしを愛していないのは、わたしだけだったのだと。
自分を愛せなければ、うつむいてばかりで、まわりからの愛に気づけるはずがない。ル・ポールが散々言っていたことをようやく実感して、福岡から神戸に戻った。

そして2日後、札幌地裁で歴史的な判決が下された。
同性婚を認めないのは、憲法14条、法の下の平等に違反する、つまり「違憲」であると。
速報がスマホに入ったとき、涙ぐんだ。動いている。この国でも、こんな国でも、少しずつだけど動いているんだと思えた。
その晩、パートナーから電話がかかってきた。
「札幌地裁のニュースを聞いて、やっぱりわたしはトモちゃんと一緒におばあちゃんになりたいと思った」と。
幸せだった。これ以上ないくらい幸せだった。
そんなこんなで4月に入り、何となく読めないままでいたアルテイシアさんの本を開いた。読み終わった今、付箋をみっちりと貼っていた。これは世代問わずすべての人にすすめたい名著だった。
恋愛→結婚→出産=幸せ神話、と見せかけた呪縛からの解放。毒親との別れ方(彼女の場合は予期せぬ形だったが)
特に心を打たれたのが、この箇所である。

”親子ガチャがハズレでも、人は自分でパートナーを選んで、新しい家族を作れる。パートナーがいなくても、自分で自分を幸せにできる。世間や他人は関係なく、自分にとっての幸せが何かをわかっていれば。”

干支星座(蛇&獅子)と好きな花(ラナンキュラス)と共に体に彫りたいほどの名言である。他にも紹介したい部分がたくさんあるが、そうなるともう「丸々一冊はいどーぞ!」と言ったほうが早いので、この箇所だけでご勘弁願いたい。
わたしは親子ガチャで「大当たり、もう一回!」を引いて、「トモとパートナーの話をして嫌な顔をする人とは結婚しない」という兄にも、その妻にも恵まれた。
「一緒におばあちゃんになろう」と言ってくれるパートナーにも出会えた。
それを祝福し、見守ってくれる友人もいる。
これ以上の幸せがあるだろうか。
そろそろ東京に帰る荷造り用の段ボールを用意しなければならない。
今日はこれ以上ない晴天で、遅れ気味だった神戸の桜もいっせいに開くだろう。
庭ではムスカリが気持ちよさそうにお日さまの光を浴びている。
春が、やってきた。

【最後に】(コラムを私的に使うことをどうかご容赦ください)

”いつまでもわたしの味方でいたかった”と手紙をくれたあなたへ
わたしが言えたことではないけれど、あなたの決断は決して間違っていません。
おなかに新しい、大切な命を宿して、不安なことも山ほどあるであろう日々を過ごすあなたに、誰よりも弱いものや動物をいとおしむあなたに、「死にたい」だの、自分勝手な行動の報告だのを送りつけ、連絡のルールも守らなかったわたしです。
そんなわたしから距離をとってくれたこと、悲しかったけれど、今では感謝しています。
あなたが大切だから。
あなたに元気でいてほしいから。
もしも、このコラムを読むことがあったなら、伝えたいことはひとつです。
あなたが大好きです。それはいつまでも変わりません。
どうか体に気をつけて。

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行田トモ

行田トモ(ゆきた・とも)

エッセイスト・翻訳家
福岡県在住。立教大学文学部文学科文芸・思想専修卒。読んで書いて翻訳するフェミニスト。自身のセクシュアリティと、セクハラにあった経験からジェンダーやファミニズムについて考える日々が始まり今に至る。強めのガールズK-POPと韓国文学、北欧ミステリを愛でつつ、うつ病と共生中。30代でやりたいことは語学と水泳。

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