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TALK ABOUT THIS WORLD ドイツ編 猛暑でも暖房を切れない人たち

中沢あき2022.09.09

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今年のドイツの夏は猛暑だった。もちろん、暑さに湿気が加わる日本の激暑を知っている身にはまだ過ごしやすい夏だが、基本的にここは北国。8月でも気温が15度くらいに下がることもあるこれまでの夏しか知らないドイツ人にとっては猛暑である。

みんなプールや近隣の川や湖に飛び込んで涼をとり、エアコンの売れ行きもよかったらしい。そんな暑い日が続いた中、夫がたびたび家のセントラルヒーティングのスイッチノブをひねっては「まだ止まってない」とイラついていた。ドイツの一般的な暖房システムであるセントラルヒーティングは地下にボイラー室があり、そこで沸かした熱湯を建物全体に張りめぐらした配管に循環させて部屋を暖めるシステムだ。気候が暖かくなってきて暖房がいらなくなれば、部屋のスイッチを切るとお湯の循環は止まるが、地下のボイラー室のスイッチは入ったままなので、部屋のスイッチを入れればまたヒーティングのパネルが熱くなる。もちろんこんな気候で暖房なんていらないのだけど、ボイラー室は稼働したままということだ。

5年前にこの家に引っ越してきたとき、夏の間もこのボイラーが稼働したままなのに驚いた。ドイツでは暖房期間というものが法律で決められていて、10月1日から4月30日までは大家はボイラーの稼働を止めてはいけないことになっている。以前住んでいたアパートメントでは夏の間はボイラーが止まっていて、9月のうちに寒くなってきたりすると、いつ暖房が入るんだろうと話していたことを思い出したが、そう考えるとあの大家さんは締まり屋だったもんな。それが普通だと思っていたから、夏の間も暖房が入ることに驚いたのだが、前から住んでいるご近所さんいわく、夏でも急に肌寒くなることがあると老人は風邪を引いて命取りになるからという理由でボイラーを切らないらしい。そう言われればしかたないと受け入れていたのだが、今年はこの暑さである。いくら老人でも、この暑さで暖房を入れることはなかろう。というかそもそも、寒いって言っても冬のような寒さになることはさすがにないのだから、セーターを着るなりして秋まではしのいでほしいけど。

しかも今年はこのエネルギー危機である。我がアパートの暖房システムはなんとガス暖房である。戦争の影響でガスの値段は爆上がり、そして冬場に備えてガスを貯蓄しようと連邦政府は呼びかけているのに、一般ではこののんきさ……。

というわけで夫はこの夏、何度も管理会社に電話をかけたりメールを書いたりしていたが、担当者からメールが返信されてきたのがつい先日のこと。涼しい風が吹き始め、夏はもうすぐ終わりである。ああ、この夏の数カ月のガス代がもったいなかった。そしてそれはいくらになるのだろう、などと考えながらそのメールを読んだら、ボイラーを止められない理由は「暖房期間外の夏であっても、賃貸の法律で決まっている以上、管理会社が勝手に止めることができない」。冬の間だけの稼働ルールかと思っていたが、賃貸法では夏の間でも気温が18度を下るとすぐに暖房を入れられるようにボイラーを稼働すること、となっていたのである。ただし昨年までは。今年はこのエネルギー危機で法律が見直されたらしく、秋になって気温が実際に下がるまでは、ボイラーを止めてもよいとなったのを管理会社は知らなかったらしい。もう今年の夏の分はしかたないので、しかし来年以降も考慮して、議論の機会を作ってほしいとの要望をメールで送っておいたが、これだけ毎日のようにエネルギー不足の懸念が報道されているのに、この無関心というか危機感のなさはどうしたこっちゃ。そもそも夏の猛暑はこの数年続いていたので、今年もまたか、くらいにしか思ってないのかも。

先日、とある仕事がきっかけで、ハノーファー市がこの夏、先駆けてエネルギー節約政策をとってガスの貯蓄の推進をしていることを知った。来る冬に備えて、今のうちにできる節約をして、その分ガスやエネルギーをためていこうという狙いで、各種のエネルギー消費を15%削減するとしている。市のウェブサイトで公表されているその具体的な政策項目を見ると、例えば、夏の間の暖房は原則禁止、公共施設の給湯は止め、暖房や冷房、換気の運転時間も短縮したり、屋外照明を止めるほか、屋内もできる限り消したり、公務員の職場も電化製品の使用台数を見直したり、冬場はホームオフィスの推進など、結構こまめな管理になっている。

市営のプールでは温水シャワーが止められたとかで、来なくなった利用者もいるよとの声も聞いたが、実はハノーファー市は何年も前から再生エネルギーの推進など、エネルギー政策を積極的に進めてきた事情があり、更衣室のシャワーの温水は冷たくなっても、屋外のプールやシャワーの一部はすでにソーラー発電による給湯設備があり、完全に温水が出なくなったわけではない。

それに個人的には、冬場の室温の設定が20度とか、運動施設や体育館の室温は15度というのは、というか、それ、フツーじゃない? と思った……。夫は、体育館が15度だなんて、うへえーとか言ってたが、思い起こせば私が子どもの頃は小学校の体育館とか、いや冬場に校庭でも半ズボンに薄着の体育着で運動してたよな、と。運動して汗かいたりするくらいなんだから、15度なんて十分じゃない? って思ったのだが。

そこで1年前に行われたドイツの連邦選挙の際、ショルツ現首相(当時は候補)の応援演説を思い出した。彼は、新設住宅へのエコエネルギー設備の助成金政策を説明する際に「冬場にTシャツ1枚で寒いとか言ってる人たちがいるけど、そんなのセーターを1枚着ればすむことじゃないか」とあきれ気味にアピールした話をしていたのだった。そう、北国なのに冬場でもTシャツ1枚で過ごせる室温が普通なのである、この国は……。いや、もう普通だったと過去形にするべきでしょ。

ハノーファー市の人々に限らず、その他でも最近たびたび耳にする意見は「ドイツの過去10年20年のエネルギー政策が間違っていた」というものである。確かに原発廃止は必須であるし、火力発電は温暖化問題のことを考えると削減せざるを得ない。しかしその明るい未来のイメージを掲げた政策転換を支えてきたのは、ロシアの安いガスへの依存であり、さらに隠されていた問題としては多大なコストがかかる再生エネルギーへの転換のためらいだった。つまり、未来のための投資に際して、しかし慣れ親しんできた生活の便利さや快適さは手放したくない、お金は払いたくない、という甘えがあったのが今、露呈しつつあるのだ。

緑あふれるエコな環境大国も、よくよく見ればおごりがあったのかと、その社会に十数年生きてきた者として、落胆も反省もするけど、冷静に考えたら、それはそれほど多大な犠牲や負担になったのだろうかとも疑問に思う。現在のようなインフレの物価の上昇はきついが、ある程度の根拠ある上昇ならばなんとか受け入れられる。暖房についても、重ね着をすることでかなりのエネルギーを節約できるはず。今はやりのEスクーターだって、駆動源は電力だ。若者たちよ、もっと自転車に乗りませんか? ヴィーガンもいいけど、それよりも食品廃棄をまず見直しませんか? いろいろと目の前にある問題の解決あるよな。

日本の「MOTTAINAI(もったいない)」精神を世界に広げようという運動があったけど、あれよ、あれ。ドイツでもMOTTAINAIって言葉、もっと広がらないかしら? とあらゆる機会で思うこの頃である。

写真:©️Aki Nakazawa
アイスクリームのお皿みたいな石造りの物体は水の出ていない噴水です。現在ハノーファー市内の多くの噴水がこのエネルギー節約政策のために止められています。市のFacebookの書き込みに「この暑いのに路上生活者の人たちが顔を洗ったりできなくて気の毒!」という意見がありましたが、んー、顔を洗えそうなところは他にもあるかと……。加えて少雨による水不足の問題もあるから、止められる水は止めたほうがいいのでしょうね。

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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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