ラブピースクラブはフェミニストが運営する日本初のラブグッズストアです。Since 1996

banner_2212biird

TALK ABOUT THIS WORLD ドイツ編 消せない火事と二枚舌

中沢あき2023.08.24

Loading...

7月末のある日、ラジオから流れてきたニュースを聞いていた夫が言った。
「聞いたか? 船舶火災だって。EV車をたくさん載せてるんだってさ」

7月25日、日本の運送会社、川崎汽船がチャーターしたパナマ船籍の自動車運搬船「フリーマントル・ハイウェイ」がオランダ沖で火災を起こした。船には新車3783台が積載されており、インド人乗組員が1名死亡、7名の乗組員が負傷しているという。

その数ヶ月くらい前だったろうか、夫がこんな話をしていた。
「EV車っていうのはさ、いったん火災が起きると消せないんだって。最後まで燃やし尽くさせて自然消火させるしかないんだってさ。怖いよな」
EV車に搭載されるリチウムイオン電池は、その構造と性質上、いったん発火すると熱暴走し、消火が難しくなるのだという。私は車には興味がないのでぼんやりとその話を聞いていたが、まさにそういう懸念が現実になったのが今回の事故、ということだ。

その後数日経っても鎮火せずに燃え続けている、という報道が流れ、そして最終的には煙が燻り続けるその大型タンカーを、別の救助船が引っ張って、もっと安全な対処ができる港へと移動させたという話が5日後くらいに報道されていた。

事故が起きたオランダ沖というのは、広大な干潟がドイツの北海の方にまで広がるワッデン海というユネスコの自然遺産になっている地域であり、我が家も昨年と一昨年の夏にドイツ側の方を訪れたので、その自然環境への影響も懸念される、なんて報道を聞くと、あのとき観光船から見たアザラシたちは大丈夫かな、と気になったが、まずはその地域から船を移動させることができた、というところまでの話は聞いてほっとしたが、その後はどうなったんだっけ。

この事故はかなり深刻だし、もっと大きく報道されてもよさそうだが、チャーター元の会社が日本なのに、日本でもドイツでもあまり大きく報道されていなかった。加えて、火災の原因が何日経っても不明としか報道されておらず、ロイター社の記事で、乗組員の証言でEV車から発火したという録音がある、というものを見かけたのみだった。でも何日も消火できないなんて、夫が話していたEV車の問題そのままである。原因は積載されていたEV車であろうことはほぼ疑いないだろうし、さらに上記のロイター社の記事では、火災当初の発表では積載されていたEV車は25台のはずが、数日後の発表では498台という大幅な訂正になっていた。なんでそこまで違う?

ユネスコ自然遺産の海で起きた事故の割には、ドイツ国内の報道も控えめ、こうした事態には普段大騒ぎするはずの環境活動家や政治家のコメントも聞こえてこなかった。違和感を覚えながら思うのは、もしかして、今ドイツ及びEU、米国で推進しているEV車のイメージダウンや批判を避けるために口をつぐんでないか? ということである。

車に興味のない私なので、EV車はガソリンの代わりに電気のみで走る、程度の知識しかなかったが、調べてみると、おや、現時点では結構問題があるものなのね。特にそのバッテリーとなるリチウムイオン電池は発火した際の問題に加えて、廃棄の難しさもあるとは。偶然、このところ、大手化学メーカーの人たちからそのバッテリー製造の原材料となるリチウムの入手不足問題や、製造現場に関わる人から、製造工程での猛毒性の話などを聞いていて、それらをあらためて揃えて考えてみると、この「環境にやさしい車」がそんな理想的ではないものに見えてくる。というか、全ての技術的な問題をクリアしているわけでもない状況で、こういうのを見切り発進というのではないのか?

2022年にEUは、2035年以降はハイブリッド車も含めたガソリン車の新車販売を禁止すると決め、この先はEV車のみになるとされ、自動車産業は一気にEV車の生産へ傾くかと思われたが、ウクライナ—ロシア戦争によるエネルギー源の変化の影響などもあり、今年に入ってドイツがイーフューエルという合成燃料の使用の許可案を提案し始めたり、水素燃料が再び注目され始めてきたりと、EV車への転換の道に揺らぎが出始めている。そして実際のところ、まだ走行距離もガソリン車に比べて短く、また新車の値段も高く、そして結局はその電源をどこから賄うのかという点など、この転換政策に疑問や反発、批判が国民の間で多く出ているのが現実だ。

「国民の皆が高い車に買い替える余裕なんてあるわけないじゃないか」「結局その電気はどこでどうやって発電するんだ?」「こんな短い走行距離で運輸業が回るわけがないだろ」「発火したら消せない車なんて恐ろしい。うちのアパートの地下駐車場にはEV車は絶対に置かせない」あちこちで聞いた意見である。どれも納得…。

が、環境政党である緑の党がいる現在の連立政権は強気である。その緑の党の党首である経済・気象保護相(で副首相)がしばらく前に、新設されたEV車のバッテリー製造工場の除幕式を訪れた。EUの助成金もぶっ込んだ、肝入りの国家プロジェクトらしく「ドイツ初のバッテリー製造工場の操業開始」というヘッドラインの報道記事を、そのプロジェクトに関わる人が私に送ってきた。「操業開始」の文字に、あれ?と思った。その人の雇用契約が当初よりも4ヶ月ほど延長になったと聞いたばかりだったからである。「まだ工場出来上がってないんじゃなかったっけ? でも『操業開始』って書いてあるよ?」「だから大ウソだよ」。大臣の面子を保たせてやりたかったんだろうか…。

後日、この話を別の友人にした。彼は家の屋根にソーラーパネルをつけ、Eバイクを買って乗っている人である。
「まあ、そういうのはさ、どこにでもある話だよね。でもちょっとくらいのズレがあったって、その辺りは大目に見てやってもいいんじゃないのかなあ」
と、呑気に言う彼に重ねて言ってみた。
「でもさ、数日とか数週間とかじゃなくて、何ヶ月も先よ」
彼は、うーん、とちょっと困ったように笑っていた。

私自身も環境問題、気候変動問題にはもちろん関心大有りである。ここ数年の夏の干ばつや大雨の被害を身近に感じているから、他人事ではもちろんない。しかし、こう、矛盾がある、特に政治家とマスコミのダブルスタンダードには、問題が大あり、あり過ぎである。

車の排気ガスは確かに大問題だが、では個人の車の使用を控えようと代わりの公共交通機関をと思っても、ドイツの鉄道事情のひどさでは、代わりにならない。線路や信号システムの保全、人材教育と基本的な運営への投資がきちんとできておらず、遅延通知アプリ開発とか、トンチンカンなところにお金をぶっ込む経営の酷さを長年、政治が放置した結果だ。なのに、そこはそれほど突っ込まれず(諦めているのか、見て見ぬ振りなのか)。

環境問題に関心が高いと言われる若い世代や人々も、では町中の歩道を結構な速度で走り回って追突事故を起こし、挙句に河川に投げ込まれたりしている電動キックボードのシステムを見直すべきだ。体力あるんだから、環境のためにぜひもっと自転車に乗ってほしい。使う電力量は少ないほうがよいのだから。

バッテリーに使うリチウムの不足問題を話してくれた化学メーカーの人は「日本の水素技術はどうなってるんだ? トヨタは頑張っているか?」そのしばらく後に、BMW社がトヨタと共同開発している水素燃料の車を日本の公道で試験走行させることになったとの報道を目にした。うん、頑張ってるみたいだよ。

スーッと消えていった船舶事故の報道のその後を思うたび、いやーな予感が浮かんでくる。あまりに現実と乖離した政策に不安や不満を抱く人が増えてきているこの頃のドイツである。

©️: Aki Nakazawa

その電動キックボードはドイツではEスクーターと呼ばれて全国に普及しましたが、そのほとんどがこのレンタルのもの。サービス提供する各社のアプリを使って、近場に置いてあるスクーターを見つけて乗ることができます。14歳以上から使用が許可されているそうで、運転免許も必要なし。ですが、かなりのスピードを出して歩道を走る人もいたり、禁止されているはずの二人乗りもよく見かけるし、どう見ても小学生くらいの子どもたちがすごい速度でスクーターで公園の遊び場に突っ込んできて、うちの子どもが轢かれそうになってひやっとしたこともあります。クレジットカード支払いのみなので、本来ならカードをまだ持てない16歳以下の子どもたちが乗っているのも疑問だし、乗り方のルールも危なければ、多くの市民から批判が出ているのがこの写真のような放置状態のスクーターです(真ん中はレンタルの電動自転車)。ここ、保育園の入り口前の道なのですが、こんな置き方をされたのではベビーカーは通れないので車道に出なければならないし、小さい子どもたちの上に倒れかねない危険も。このような迷惑行為が日常茶飯事で、さらには最近、各都市の河川にこのEスクーターが放り込まれたのが、何十台、何百台と引き上げられてくるとか。こうした問題に対する批判はもう何年もあるのですが、放置されたまま。いい加減、法規制を入れるべきだと多くの声が上がっているのですが、いまだ動きがありません。

Loading...
中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

RANKING人気コラム

  • OLIVE
  • LOVE PIECE CLUB WOMENʼS SEX TOY STORE
  • femistation
  • bababoshi

Follow me!

  • Twitter
  • Facebook
  • instagram

TOPへ