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【今日も女が血を流す】 第8回 生理と生理痛と女性同士の連帯のこと

中谷紅緒2026.01.20

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腹が痛い。唐突な書き出しだが、生理中なのだ。

私には子を為す予定がないので可及的速やかに閉経したいのだが、そのような私の希望とは裏腹に、生理は今のところ毎月きっちりやって来てくれる。しかし、これは、本来はありがたい話ではある。生理があるのは鬱陶しいが、閉経すればしたで骨粗しょう症のリスクが上がるなどの健康問題もあるし、今のところ生理不順や不正出血などがほとんどないのだから、予定日を見越して行動もしやすいからだ。

また、どうやら私の生理は比較的軽い部類に入るらしい。特に、この5年くらいは、2日目には経血量が多いものの、血まみれ案件が発生するほどではないし、だいたい3日目には「そろそろ終わりますね」という感じになってしまうので、10〜20代の頃の5〜7日間も続いた生理よりもだいぶ楽になってきているし、生理痛も鎮痛剤なしでもなんとかなる程度のことがほとんどだ。「多い日用」のナプキンでも不安があったり、生理痛で動けないくらい体調が悪くなったりする女性もいることを思えば、生理に思い悩まされる場面は圧倒的に少なく済んでいると言えるだろう。

こういう「生理の個人差の大きさ」について、私がきちんと認識できるようになったのは、なんだかんだでネットのおかげだ。「生理は恥ずかしいものではない」と言われても、その通りだと頭では分かっていても、生理の話を対面でする機会というのは意外と少ない。オンラインで匿名での発信が可能になったことで、自分の経験を語れるようになったという女性たちも多いのではないかと思う。

ネット上では、経血量についても、生理痛の重さについても、私の経験とは大きく異なる経験が語られている。それは「自分の経験」だけで物事を判断できないことを教えてくれる。もちろん、それでも、自分にも経験があるからこそ、推し量れることはあるし、「生理が辛い」という女性を「甘えている」などと思ったことはなかったが、その辛さの種類は私の想像よりもずっと多かったし、辛さのレベルも想像以上だということを知った。

時々、男性の「生理痛体験」の動画などを見かけることがある。その際の男性たちのリアクションは、毎月のように生理痛を経験している我々からしたら「大袈裟」にさえ見える。しかし、逆に言えば、女性たちはあのくらい痛がって良いものを、毎月経験していながら、あたかもそんなものはないかのように、男性たちと同じように学校に通い、テストを受け、受験をし、就職をして働いているし、家事や育児をしているのだ。

生理痛体験をした男性たちは、おそらく「生理痛って大変なんだ」とは思うんだろうが、生理の鬱陶しさは「生理用品を着けている不快感」とか「経血に気をつけて生活しなければいけない気の抜けなさ」とか、痛み以外の部分も大きいので、その辺りも合わせて体験してもらわないと、「女は痛みに強い」という思い込みを強化してしまうだけの危険性もあると思う。男性たちは女性の苦痛や女性の労力に関してだけは、どこまでも底なしに鈍感になれるようなので。

せめて自分たち男性には「わからない」ということを認識して、女性の話を聞いてくれれば良いのだけれど、男性たちはどういうわけか、女性についても当事者たる女性よりもよく分かっていると思い込んでいるので、役に立たないアドバイス(いわゆるクソバイス)をして悦にいってしまうことも珍しくない。

ちなみに私自身にも「当事者ではないゆえに見えていない」ことはある。具体的には、自分が健常者であるがために、持病のある近しい人に自覚なしに無理を強いてしまった経験がある。そのことから、自分の経験“だけ“に頼って考えると見落とすことがあることを学んだし、油断すると「自分には見えていなことがある」ということを忘れがちだという自覚がある。

同じ女性同士でも、その経験は一様ではなく、女性だからといってお互いに完全に理解し合えるわけではないのだから、ましてや男性には想像もできないことだってあって当たり前だと思うのだが、男性は「愚かな女ども」よりも自分たちの方が物事を分かっていると言わんばかりに「避難所では布ナプキンを使えばいいのでは?」とか言ってくるのである。バルス!

以前、それなりに親しく付き合いのあった女性から、「私は女同士だから理解し合えるはずだ、みたいな考え方が嫌いだ。私はそんな共感を期待されたくない」といったことを言われたことがある。彼女の言いたいことも分からなくはないし、実際に今も「フェミニズム」を巡っても女性同士が相互に分断を深め合っている状況がある。でも、そうであっても、女性であるという理由で共通して受けてきた差別があり、その点では共有できる経験もあれば、想像できることもあるのではないだろうか。

分断されてもなお私たちは女性差別を受ける当事者同士であり、女性差別に抗うことを目指している者同士でもある。今は差し伸べたその手を振り払われたとしても、お互いに「個人」としては好きになれないとしても、必要なときにはその手を握れるようでありたい。

ジャッキー・フレミング『問題だらけの女性たち』
松田青子訳(河出書房新社)
2018年

かつて社会(つまり男性)が信じていた「女性をめぐる真実」を皮肉たっぷりに描いているフレミング。原著は、ちょうど10年前の刊行だということに気づいた。いつの時代も「問題がある」ことにされるのは女性たちの側だが、この本をめくっていると、問題があるのは社会(つまり男性)の方であることがよくわかる。19世紀当時、もっともらしく語られていたことの中には、現在では科学的に否定されていることも含まれているから。こんな馬鹿馬鹿しいことを大真面目に語っていた「天才」たちがいたのか、と驚き呆れる。

しかし、ちょっと考えてみると、これは全く「過去の話」ではない。当時の男性たちと現在の男性たちの認識にどれほどの差があるだろうか?インターネットという手間のかからない誹謗中傷の手段を手に入れた男性たちは、今日もネット上に「女は感情的」「女は男に劣る」と書き散らしているし、目の前にいる「現実の女性」よりも自分たちの考えた「本物の女性」を「女性」だと言い張っている。滑稽な話だと笑い飛ばしたいが、有害なので笑ってばかりもいられない。

今も昔も、洋の東西を問わず、問題だらけの男性たちは、女性を見下しながら、女性からの賞賛を欲している。「女性は独創的なことを成し遂げるよりも男性を褒めて育てて拍手をしていればいい」というメッセージは、社会の中に散りばめられている。でも、「歴史のゴミ箱」から、女性たちの名前や業績を拾い上げてきた女性たち、拾い上げている女性たちがいて、私たちは「19世紀の女性観」をこうして客観的に批判することができる。「21世紀の女性観」もいつかは笑い飛ばせるように、女性同士で小さくでも繋がっていくことが大事なのではないか。

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