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TALK ABOUT THIS WORLD ドイツ編 拝むか観るか。

中沢あき2026.03.21

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私の街には世界に名だたる世界遺産がある。中央駅の出口のガラス壁を通して姿を現し始め、目の前にドーンとそびえ立つケルン大聖堂は、下から見上げる人々を圧倒する威厳を放つ一方で、訪れる人は誰でも受け入れてくれるおおらかなカトリック教会だ。高さ157m、2つの尖塔を持つこの大聖堂は遠くからでもよく見え、電車や車で市外から帰ってくる途中でこの二つの尖塔が見えると、ああ、自分の街に帰ってきたなと思う、街のシンボル的な建物でもある。その内部は、それぞれ違う時代に作られたステンドグラスを通した光にそっと照らされ、祭壇の奥にかの有名な聖書のエピソード「東方からの三賢者」のご遺体の一部が収められているという黄金の棺が置かれていて、キリスト教の信者はこれを拝みにくるのだが、キリスト教以外の人もたくさんここにやってきて、畏敬の顔つきで中を巡る。観光名所としても有名なこの大聖堂は、この中央の礼拝堂の部分は無料でこうして誰でも入ることができるのだ。スカーフを被った女性など、あきらかにキリスト教徒ではない人たちも中を巡っている様子をたびたびみて、なんだか神様の大きなお腹に誰でも彼でも皆が入っていける、そんな想像をしたこともあったな。

ところが「今年の後半から入館料を取る」というニュースが流れたのが3月初旬のこと。それも数ユーロなんて値段じゃない。10〜15ユーロの間で検討されているんだとか。そんなに高いの!おおらかさとは程遠い値段だわ。

宝物殿や尖塔の上に登るための入館料はすでに導入されて何年も経つ。これらは8ユーロだけど、中央の礼拝堂はずっと無料だった。それは神様にお祈りするための場でもあるから、誰でもどうぞ、ということなのだと思っていた。入館料を取るようになった後も礼拝への参加者や関係組織のメンバーは無料のままだそうだが、気軽にふらっと立ち寄って神様に一人でお祈りするとか、そうしたことは金を払わないとできなくなる、ってことで、なんだか世も末だ、とも思ってしまう。拝金主義とは言わないけれども、金にまみれて批判された中世の頃みたい、なんて言い過ぎですか?拝みに来た人とただ観るだけに来ました、という人たちをどうやってわけるのだろう?キリスト教徒である証明書なんて聞いたこともない。

今回の入館料導入の背景は資金難だそうだ。1996年にユネスコの世界文化遺産となり、年間6百万人の入館者がいるそうだが、それが2019年頃から運営収益はマイナスになり始め、さらに近年は人件費やその他の維持費の高騰で、さらにコロナ禍の間の減収入などの理由が重なってのことらしい。基本的にはここの運営は一般からの寄付の他、市や州から全体予算の4割をカバーする助成金をもらっているそうだ。それでも足りなくなったから、ということなのだけど…。入館料を取るようになれば、来訪者数は減るだろう、という見方もあって、オーバーツーリズム対策としては良いのか、でも財政対策としては悪いのか、結果何を目指しているのかよくわからない状況も予想されている。

他国でも日本でもオーバーツーリズムを理由に各文化施設などへの入館料の導入や料金の引き上げがあちこちで始まっていて、議論を起こしているのは知っていた。来訪者が増えれば手も金もかかるだろう。それはわかるのだけど、一方でそれを理由にあちこちの文化施設が次々と有料化していく背景には、国や地方行政からの公的な助成が減ってきている事情もある。そこに苛立ちと恐ろしさを感じるのは、効率化という理由で、人間性を形成していく文化土壌が痩せ細っていくのを目の当たりに、そしてそれに伴った結果も目に見えてきていると近年実感するからだ。私設の文化施設や娯楽施設ならともかくとして、公的な施設が入館料をとる、はたまた高い値段をつける、という状況を見るたび、ああ、社会や国が貧しくなってきたなあと感じる。

文化や教育に金を払えない国は衰退する、というのが私が常々思ってきたことだ。理由は簡単。それらを享受し、知識や教養を身につけてきた豊かな人間性や創造性を持つ未来の担い手が育たないからだ。そしてその担い手がいなければ当然その社会は弱体し、国は衰退していく。

大聖堂の入館料の話は氷山の一角、と思う。私の住むケルン市では内容に見合わない高額な子どもの給食費しかり、公立小学校の教科書代しかり、さらには水泳や音楽の習得を課外活動と位置付けて親に受講料を払わせる、など、義務教育なのに!?と驚きと落胆の連続である。市立のプール施設やスポーツ施設も利用料は安くはないし、そこまで通うための交通機関の乗車料金も年々上がり続ける。100万人都市という規模の街なのに税収が足りないのか支出のバランスが悪いのか、財政事情が悪いこの街が今必死にやっているのは不動産関連の投資家たちの呼び込みと、軍事産業の呼び込みである。落胆の次に来るのは不快感と不信感だ。

日本では何かにつけて金銭的な価値が見出されなければならない社会の風潮(最近では、各博物館や美術館の収益のノルマを定めた文化庁の問題が顕著にそれを表している)に呆れていたかつての私は、ドイツはその対局にある存在だと思っていた。そのように教わってもきた。ドイツには文化政策というのがあって、文化を通して自国を他国へアピールし、存在を認知させていく、というな国際文化政策という考え方もあるのだと。それなのに、その社会の価値観はこの10〜15年ちょっとの間、翳りが出てきたなと思ったら、ここ数年ほどで一気に崩壊してきているように思う。ケルン大聖堂の入館料導入の話は、その崩壊の一つとして私には見えてしまうのだ。導入前にまた行こうねと子どもに言いながら、皆が同じように考えるだろうから混むだろうなと思ってふと気がついた。いや、戦争の影響で旅行者の足は遠のくのかも、と。それもまた暗い話である……。

©︎: Aki Nakazawa

これを書いている最中、この州内一斉の緊急警報試験の警報が鳴り響きました。スマホがビーン、ビーンと耳障りな音をたて、外ではウワーン、ウワーンと警報が鳴り響きます。この警報試験、年に2回ほど行われ、自然災害も含めた各種の災害状況を想定して行われるものなのですが…。これが空襲警報になったりすることがいつか起きるのかな、という思いがふっと頭をかすめるのは私だけではないと思います。空襲だけじゃない、街中でのテロの可能性も十分あるこの国はすでに戦争に巻き込まれているのかもしれません。

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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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