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12月16日、最高裁判所が夫婦同姓の規定は違憲ではない、と判決を出したというニュースを知った。その前後、Facebookのタイムラインにはこの件を巡る投稿が相次いだが、印象深かったのがとある映画監督の、実は僕はこの名前ではありません、という「告白」だった。日本人同士の結婚でありながらもこの同姓の規定の壁に当たったので、当時在住していた米国のみで入籍、しかし事情あって日本でも籍を入れる必要が出てきた際に、奥様の氏を選んだのだそうだ。現在は旧姓を通称として使っているけれども、各種手続きの面倒さや、役所や病院などで戸籍名で呼ばれるときに気づかなかったりと違和感を感じる、という男性側からの話は興味深かった。

そういうケースもあるけれど、やはり女性が男性側の氏を選ぶ場合が圧倒的に多い。民法には「夫又は妻の氏を称する」と規定されていても、現実には女性の方が変えざるを得ない場合の方が多く、結果として不平等が生まれていることもある。そんな社会状況があるからこその今回の訴えだったのだが、判決はそういうことだった。もっとも読み方を変えれば、同姓の規定は違憲ではないけれど、かといって別姓の規定が違憲であるとも言っていない。まだこれからも議論の余地がありそうだ。どうも微妙で(逃げたな)と思わされる判決を見て、日本ってやっぱり保守的なんだなあとザンネンに思った。

そんな日本でも、法律婚で夫婦別姓を選べる機会が実はある。ただし婚姻相手が日本人でない場合において、つまり国際結婚の場合だ。結婚相手が日本国籍を有する者でない場合は、それまでの氏を保持することもできれば、相手の氏を選ぶこともできる。(相手と自分の氏を合わせたダブルネームの場合は、主な氏の後に括弧付きでもう一つの名前が記載される)日本の戸籍制度では結婚したら親の戸籍を抜け、新しい籍が作られるわけだが、その時に相手が日本人でないと日本国の籍に入れない為、自分が必然的に筆頭者となり、氏の選択も自分で出来る、ということらしい。選択の自由がある、と聞こえはいいが、国際結婚である自分の入籍後に戸籍謄本を取ってビックリしたのは、戸籍にあるのは私の名前だけで、夫の名前はその備考欄に小さく「(私が)○○国人の○○と婚姻」と記載されているだけだった…。とほほ、なんか夫が可哀相というか、夫と私の名前が並列に記載されたドイツの婚姻証明書と比べると、日本って何気に鎖国している国ってことがわかるなあと、実感したものだ。

かくいう私も夫とは別姓だ。別に生まれながらの氏にこだわりがあるわけでもなかったのだが、子供もいないわけだし、パスポートや銀行口座など各種の変更の手間などを考えたら、特に変えなければならない事情があるわけではないので変えないでおこう、くらいの考えでそのままにした。

確かに入国審査が厳しい国などで夫婦ということを証明しなければならない時の為に、婚姻証明のコピーを持ち歩いたりなどはしているが、何かそれで面倒や複雑な事が起きたこともなければ、巷の夫婦別姓反対論者の言う、家族の一体感が失われたことも勿論ない。利もなければ負もない、くらいにしか思っていなかったが、今振り返ってみると、私は別姓で良かったんだと思うことがある。

うちは夫婦共に同業者なのだが、私がドイツに移り住んだ頃は、夫の方は年上でもあるし当然キャリアも人脈も既にあった。行く先々で彼の妻またはパートナーとして紹介されるたびに、自分の名前を名乗っても、やっぱり○○の奥さん、という印象が相手には残るような感じを受けた。まあ仕方ない、そもそも私の名前は日本語で特に覚えにくいということもあるのだから。そう思っても後味の悪さはどことなく残る。

そのうちに自分自身の企画が当たることがあり、あちこちで紹介されることになり、自分自身の人脈もだんだんと出来てきた。勿論、私の名前で。その人脈の中には以前夫に紹介された人たちも居たけれど、彼等もまた、ああ、君だったのか、と改めて私を、今度は私の名前でちゃんと認識してくれた。振り返ってみて思う。もし私が彼の氏を選んでいたら(もっとも私の業界では通称を使う事も一般的だけれども)、彼等は私を同じように見て、評価してくれただろうか?と。ごく一部だったけれど、夫のコネで私が成功したんだ、と陰で言う人も実はいた。でもそれが雑音として全く気にならなかったのは、私は私の名前でやってきた、という自負があったからだ。ああ、君だったんだね、知らなかった、という相手の反応を見るたび、この人は先入観無しに私を評価してくれたのだ、と嬉しかった。○○の奥さん、ではなく、Aki Nakazawaとして認めてもらえる。そのことに、知り合いもキャリアもない地にやってきた私がどれだけ勇気づけられ、自尊心やアイデンティティを保たせられたことか。

事情は個々それぞれ。私は決して夫婦同姓に反対しているわけではなく、別姓も選択できる自由があればと思う。ちなみに日本のこの戸籍制度が本格的に始まったのは明治に入ってからで、その時に手本にしたとされる制度があったドイツでは、両性の平等違反という理由で1993年に民法が改正され、夫婦の姓を定めない場合は別姓になるという選択的夫婦別姓となっている。別姓を望むのが例え少数派であったとしても、その権利も尊重されるべきだと思うし、「家族の一体感が失われるから」なんていう、全然論理的でない理由で法律がまかり通ってしまうのも情けない。右に倣え、の息苦しい社会をまた見てしまった気がするよなあ…。

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©Aki Nakazawa


写真解説
ドイツの墓石には女性の名前の下や横にGeb.(geborenの略、生まれながらの)すなわち旧姓が一緒に刻まれている事がよくあります。結婚して氏が変わっても、旧姓の名前やルーツを大切にしたいと思う気持ちがそこにはあるのでしょう。写真の左奥の墓石の主も旧姓を刻み、更にその主の親兄弟でしょうか、同じ姓の夫婦が二組並んでいて、彼女の生家のお墓に眠っていることがわかります。結婚したらその家の墓に入る、と日本では結婚による家への従属が重んじられる慣習がありますが、死後は自分が心から安らかに眠れる場所に行きたいという本人の意志を尊重する考えがこちらにはあるようです。他にも、おそらく事実婚であったろうと思われる別姓が刻まれたカップルのお墓や、別姓の女性同士、男性同士といった同性のカップルのお墓というのも見かけます。90年代以降に別姓選択が可能になったドイツ。これからは墓石に刻まれる名前も別姓のものが増えていくのでしょう。

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中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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