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チェルノブイリから30年に思うこと

中沢あき2016.05.16

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 朝、いつものようにラジオをつけながら台所に居ると、流れてくるはベルギーの老朽化した原発の話に、チェルノブイリの原発事故後のベラルーシの現在のルポタージュ。今日はやけに原発関連の話が続くなあと思っていたら、チェルノブイリの原発事故から今月で30年経つのだとその後のニュースで言っていてハッとした。もうそんなになるんだ。

 当時は私も小学生。ソ連でそういう事故が起きて、その放射能が日本にも流れてくる、だから雨に当たるな、と学校でも家でも言われていたような記憶がある。それが行政からのお達しだったのか、それとも先生がそういうことを気にかける人で独断でそう言ったのか、もう記憶にない。けれどどこかナーバスになる大人たちを見て、それが何か怖いことだというのはわかったし、その気味悪さはその後も続いた。
 数年後、同じマンションに住む友達が、中学校の臨海学校の場所が浜岡原発の側だからという理由で親が反対し参加しなかった話を聞いたり、父が買ってきた当時のベストセラー「東京に原発を」を怖いものみたさで読んでしまい(怖過ぎるから読まない方がいいと父には止められていた)ショックで寝込んだり、と、それは遠い国で起きたことであっても、得体の知れぬ怖いものとして、子供の私に刻み込まれていった。それがあの頃日本に居た私のチェルノブイリの思い出だ。

 ドイツに住み始めたのはその20年後。日本では忘れられたようになっていたその原発事故は、ドイツではまだ日常の中にあった。夫の家族が環境や食について意識が高かったせいか、ポーランド産のマッシュルームや南ドイツ産の茸やジビエは避けた方がいい、と言っていて驚いた。チェルノブイリから約1500kmも離れた南ドイツ、特に黒い森で名高い地域が風や雨に乗ってきた放射性物質に汚染され、30年経った今もホットスポットが存在し、一部の野生の茸や野禽、特に猪から、600ベクレル/キロを超える高い値のセシウム137が検出されるということで省庁が警告を出しており、地域によっては自ら放射能検出検査を続けているという。

 5年前の福島の原発事故の後、周りの人たちは、そういえばあの頃、とチェルノブイリの時のことについて口を開き始めた。当時、学校の先生をしていた義母は、子供たちに雨に当たらないようにと言い聞かせた話。放射能には味噌が効く、という話が伝わってアジア食品店などの味噌が売り切れた話。義母曰く「でも信じない人も居たのよ、騒ぎ過ぎ、といって私たちのことを笑う人もいた」。
 牛乳好きの友人は、放牧地の放射能汚染を懸念して牛乳が全て廃棄処分になり、しばらく牛乳が買えずに悔しかった、という。その頃父親を急性白血病で亡くした別の友人は、あれはチェルノブイリのせいだと今でも思ってる、と怒りを交えて話していた。

 そうやってドイツの人たちが再び口を開き、25年の思いを以て脱原発へと動いた一方で、当事国の日本の人たちは口を閉ざした。口を開けば、風評被害だとか「放射脳」だとか叩かれる。それを見ながら、昔から変わってないんだなと私は思った。あの頃「東京に原発を」の話をしてみたり、六ヶ所村の核再処理工場問題の話をしてみても、返ってくるのは「真面目だねー」という明るい笑い声だけだった。福島の事故が起きてからは、この手の話をすると困った顔や嫌な顔が返ってくるそうだ。私自身は過去の経験があるので、話す相手は選んでいたせいか、そういう目に遭うことはあまりなかったが、話しにくい、という雰囲気は感じていた。

 昨年末に在ミュンヘンの義姉たちとハイキングに出かけたときのこと。皆で入った地元のレストランのメニューには、野生茸の煮込みソース、というメニューがあった。いかにも美味しそうでその料理を選びたいのだけど、さあ、どうする?この地域で採れたものかしら?南ドイツといってもここは黒い森とは違う方向だし。万一汚染されてても、1回きり食べるのだったら大丈夫かも?と、皆でひとしきり話し合った後に、注文を取りにやってきた店員の女性に義姉や夫が訊いた。どこで採れたキノコなのか、に加えて、放射能が気になるので、と!そこは生まれ育ちが日本の私、身が縮こまるような気がしたけど、その店員は、ああ、そうですよね、じゃあちょっと訊いてきます、と別段反応もせずに奥へ下がっていった。すぐに戻ってきた彼女曰く、この辺りで採れたキノコだけども放射能汚染があるかどうかはわからない、と。よかったらソースだけ別のものに差し替えもできますよ、と彼女は言ってくれたのだが、結局皆その料理を注文した。鹿の煮込みに野生のキノコのソースはとても美味しかった。

 この話をしたら、日本の人はどう思うだろう?どうせ食べるんだろ、結局心理的な問題だけ、これぞ放射脳、風評被害。上記の通り、南ドイツではまだ食物の放射能測定をしているところもあるが、それでも基本は個人の判断に任せられている。何を食べるか、何を信じるか、リスクを負うのか。求められている正確な情報は出す。そして各自が決める。それが大人のルールだ。だから疑問があれば問う権利はあり、答える義務もあり、嫌であれば選ばない、という選択は当たり前に尊重されなければならない。

 逆説的だが心理分析として、もしあのとき店員がはっきりと答えなかったり、嫌な顔をしたりしたら、たぶん私たちは注文しなかったと思う。そこに、何かが隠されているのではないかと更なる不安を感じるからだ。出来るだけの情報が提供され、こちらの判断に任せられたとき、私たちは心を開き、自らの判断に責任を負うかを選ぶ。そしてお互い、心を開くには口も開かなければならない。自己責任の社会って、そういうことじゃないか?

 チェルノブイリから30年、福島から5年。その節目で自国のみならず欧州での脱原発を目指す提言をまとめたドイツと、未だアンダーコントロールを繰り返す日本。そこには年月の差だけではなく、それぞれの社会と文化の差が見える。10年後、20年後の日本でこんな風にオープンに話せるようになっているだろうか。その違いや問題は、原発を巡る話だけではないのだけど、その気づきが遅くならないうちに、私たちは変わっていけるだろうか。

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© Aki Nakazawa

↑福島の原発事故の後からずっと階下の住人のドアに貼られているシール。「原子力?お断り!」と書かれたこのマークは、町中の柱や家の壁、自転車やバッグに貼られていたりと、実にあちこちで見かけます。政治や社会に関する自分の意見を表明するのは普通の事。日本みたいにともすれば、運動家?サヨク?なんて思われることなんてありません。

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© Aki Nakazawa

↑ドイツ西部ノイス市郊外の風景に見えるこの発電所は火力発電。でもこの形を見るといつもドキリとします。この発電所を越えた百数十キロ先にはベルギーの原発があり、この老朽化した原発は現在ベルギー政府とドイツ政府の間で議論となっています。脱原発はドイツだけではなく、世界中の課題の筈なのです。

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中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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