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500年目の「改革その2」

中沢あき2017.11.10

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 10月31日、日本は今年もハロウィンで盛り上がったらしいけど、ドイツは今年だけ全国で祝日だった。「全国で」とわざわざいうのは、ドイツの祝日にはドイツ全土で休日になるものと州ごとでバラバラに祝日になるものがあるからだ。キリスト教文化の国といえどもカトリックとプロテスタントでは祝典にも違いがあるので、カトリック文化が強い州とプロテスタント文化が強い州で違う祝日になるのだ。
 私の住む州はカトリック圏なので11月1日の万聖節は毎年休みだが、その前日の宗教改革記念日はプロテスタント圏だけが休みになる。が、今年はなんといっても「ルター・イヤー」。世界史でも出てくるあのマルティン・ルターが宗教改革を唱えて500年の記念日なのだ。というわけで今年はあちこちでこのルター・イヤーの記念グッズだのルターの展覧会にミュージカルまで各種イベントを見かけ、当日は国を挙げてお休み、そしてルターが「95か条の論題」を教会の扉に張り出したヴィッテンベルグ市では政府閣僚も参列した記念行事も開かれて、との盛り上がりっぷりにプロテスタントの友人は、「どこ行ってもルター、ルターって、いい加減飽きたわ」。まあでも、500年に1度だからね。

 それに思えば中世の時代、その権威を振りかざした挙げ句の果てには免罪符まで売るという拝金主義にまで堕ちたローマ・カトリック教会に対して疑問を突きつけ、新しいキリスト教の思想を切り拓き、宗教どころかドイツの言語や文化、政治にまで影響を与えたルターの精神は、ある種のパンクみたいじゃないか。

 と思っていたら、まさにそんなパンクでアヴァンギャルドなルターイベントをアーティストの友人がここ、ケルンでやっていた。ルターに縁のある欧州の町95カ所で、ルター・イヤーを記念して発売されているプレイモビルのルター人形95体を電熱器の上で溶かし、その溶けたルター人形を31日の礼拝に持ち寄って展示する、というなんとも過激なプロジェクトである。しかも彼と一緒に主催しているのがルター教会の牧師さんだというのだから、これまた挑発的な…。

 この溶かすアクションは31日の数日前から1時間毎に各都市に分れたスタッフたちが決められた順番で95回行っていくのだけど、なんでそんなことを細かく知っているのかといえば、実は夫が急遽ビンチヒッターで近郊の町の3都市分を引受けることになり、私もそれに同行していくことになったからである。それも開始時間が朝の4時という…。真っ暗ですよ、この時期の早朝は。しかも当日は嵐の警報まで出た天候の荒れっぷりで、ごうごうと風の吹き荒れる中「こんなことしてバチが当たってるんじゃないだろうか…」と密かに思ったりしたが、やっている本人たちがキリスト教徒だもんな。天罰が下るなら、無宗教の私じゃなくて彼らの上にお願い…。
 家の中ではなくて屋外でやる、という条件だったので、車のラジエーターに繋いだ電熱器の上からプラスチックの溶ける匂いと煙が嵐の風に舞う中で、幸い誰にも見られずにアクションを遂行した「証拠写真」を撮り、溶けた人形の「完成品」を持ち帰って友人に引き渡した。

 さてその翌々日の31日当日、真っ昼間の12時から町中の広場でそれは始まった。この企画、地元紙にも紹介されていたお陰か、人の集まりもなかなかいい。百数十人は軽くいるんじゃないだろうか。まずは主催者の牧師が人混みの真ん中に立って話し始める。そもそもなんでルター人形を溶かしたのか?

 免罪符を売って商売に走ったカトリック教会を批判したルターをモデルに人形を売って金儲けをするなんて矛盾してるじゃないか!という批判をぶつけてみたんだそう。なんか言いがかりのような気もするし、燃やすなんてもったいない、恵まれない子供たちにプレゼントすればいいのに、とかいう声もあったそうだが…。例の溶けたルター人形はアクリルケースに入れられて運ばれてきていた。それを集まった人々に手渡して牧師は誘う。さあ、ではこれから皆でこれを持って礼拝に行こうじゃないか!

 その掛け声と同時に黄色い作業服を着た人たちが、大きな排気ダクトをカートに乗せて何台も運んでくる。蓄音機のラッパのようにその排気ダクトから不思議な音楽が流れてきて、その音楽と共に牧師が先頭に立ち、皆が教会に向けて歩き出す。教会までの数百メートルの道をその不思議な一行が進んでいくのを眺めるのはなかなか痛快な気分だった。こんな奇妙なアートアクションへ大真面目に教会の牧師が誘い、老若男女、皆が初めての不思議な体験にワクワクした様子で歩く。人々の手には溶けたルター人形、そして不思議な音楽にリードされながら歩くその一行を率いていくのがルター教会の牧師だなんて。

 やがて教会に着いた人々は、中庭に並べられた残りの人形たちの間に持ってきた人形たちを並べていく。それぞれに番号が振ってあって、番号通りに並べなければならないらしい。これは92、56はそっちよ、と大人も子供も声をかけ合って並べていく。そして中庭に円を描くようにぐるりと並べられたその内側で、皆が祈りを捧げたのだった。

 こんな突拍子もない奇妙な発想のイベントとはいえ、そこに込められた権力や拝金主義への抵抗というテーマは、500年前だけじゃなく今でも、いやこんな世の中だからこそ再び直視しなければならないものだ。そして現代ではそのテーマは単なるキリスト教の問題だけに留まらない。だからこの牧師はこのアートアクションに「改革その2」というタイトルをつけ、こう言っていた。「この問題山積みのグローバル時代だからこそ、ルターの精神を新たな改革と論議に繋げていかなければならないし、それは新しいエキュメニズムを目指さなければならない」。エキュメニズムは教派を超えたキリスト教の統一運動のことだが、ここでいう新しいエキュメニズムとは全ての宗教を超える改革ってことで、それはイスラム系移民や難民流入の問題に揺れるドイツ社会に向けられたメッセージだ。

 ちなみに宗教改革発祥の地、ヴィッテンベルグで行われた式典でも、メルケル首相のスピーチではこう語られた。この500年の節目の今、異なる宗教や文化を互いに受入れていく多様性と寛容を持つことがこの社会に与えられた挑戦なのだ、と。このキリスト教文化の国においての「改革その2」は、きっとこんな挑発的でしかし勇敢なユーモアにも支えられていくんだろうなと、参加した人たちの生き生きとした顔を見て思うのだ。

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© Jan Verbeek
集まった人たちに溶けたルター人形を見せながら話す、ルター教会の牧師さん。

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© Jan Verbeek
溶けた人形を手にする子供たち。

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© Jan Verbeek
不思議な音楽と共に教会の礼拝に向かいます。

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© Jan Verbeek
教会の中庭に皆で人形を並べていきます。

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© Aki Nakazawa
溶かす前はこんなだったルター人形。お馴染みプレイモビルの限定版です。皆の祈りを背負って成仏してくれよー!

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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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