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私はアンティル vol.36 アンティル・ミーツ・ちんこ

アンティル2006.01.28

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最近、私は近くの温泉にはまっている。大きな露天風呂の隅っこで、誰よりも縮こまって過ごす気持ちのいい時間。あ~あなんて気持ちいいのだろう。

性同一性障害であるものにとって、温泉のような公衆浴場はトイレと並ぶ難関である。手術をする理由に温泉を上げる人もいるくらいだ。「風呂には入れない。でも俺は男! 女風呂に入るなんてイヤだ。」という人、そして“見かけが男なので女風呂に入れない人”などなど、温泉に入ってのんびりする、という当たり前のことが夢のような話なのである。

パス率90%位(男に見られる率)だったホルモンを打つ以前の私は、短い髪をヘアキャップで隠し、顔がわからないようにタオルを巻いて明け方に温泉(女風呂です)に入っていた。『宿泊客が大広間で顔を会わす食事の時間に、誰かがヒソヒソ始めたら大変だ。ここで面が割れるとせっかくの休暇が台無しになる。』温泉に入る前、私は鏡の前で慎重にヘアキャップをかぶり、心臓をバクバクさせながら脱衣所に向かっていた。『よし廊下に誰もいないぞOK!』『脱衣所にもスリッパがないからOK!』チャポン。私は急に誰かが入ってきてもすぐには見え難い、入り口から一番遠い角っこで、ワニのように水面から目だけを出すような姿勢で、深く沈み、静かにお湯につかっていた。入り口に背を向けていると、万が一人が入ってきた時、迅速に対応できない。見えてさえいれば、その人が頭を洗い泡で頭がいっぱいになった頃、背後をそっと通れば無事に脱衣所に移動することが出来る。私は注意深く水面から入り口方向を凝視して、温泉に入っていた。

しかし、どんなに注意深く行動していても失敗はあるものだ。
いつものように、お客も従業員も寝静まった明け方、私はヘアキャップを被り、スリッパがないことを確かめて中に入った。
『あ~あ気持ちいい。今日は宿泊客も少なそうだし、誰もこなさそうだからヘアキャップ取って入っちゃおう!』私はヘアキャップをはずし、内湯の真ん中で手足を伸ばし、白濁りした温泉で自由を満喫していた。その時だった。ガラガラガラ。私は露天風呂から出てきた40代位の女性と鉢合わせをした。「・・・・。」その人は、ライオンに出くわしたシマウマのように私を見つめ、固まっていた。『しまった!』次の朝、私はやはり大広間の主人公だった。"スリッパがなくても油断するな! 籠(脱いだ服が入った)のチェックを怠るな!" その日からまた教訓が一つ加わった。

温泉で思い出したが、高校の修学旅行の時も大変だった。
普段、ブラジャーをすることなくバリバリ(胸を平らにするために使う腰用のコルセット)を巻き、ボウボウの腋毛を生やしていた私は、大勢の人の前で着替えることがイヤだった。しかも私のカラダにみんな興味を示している。風呂入る前から視線が熱いのだ。

「あーぁ。旅行楽しみだな。アンティルの下着姿も見られるしね~」

私は脱ぐ前から裸にされた気分になり、一気に憂鬱になった。

『脇毛を剃ってブラジャーさえつければ問題は解決する。しかし・・・』
“腋毛を剃ることは私が自分を諦め、社会に合わせることだ”と、思っていた私には、旅行中だけ腋毛を剃って、ブラジャーをつけるなんてことはどうしてもできなかった。私は悩んだ。行くのをやめようとさえ思った。『でもやはり行きたい!馬刺しが食べたい! そうだ! 風呂に入らなければいい。しかし5日間お風呂に入らなかったら“不潔!”とも言われかねない。残りの高校生活を私は“不潔”というレッテルを張られたまま過ごすというのか?!』

悩んだあげく私が選んだ選択。それは"不潔"と呼ばれる道だった。

ホルモンを打ち始めた私は、温泉に入れなくなった。もうヘアキャップやタオルでは隠しようがない。私のお尻には濃い毛が渦を巻き、まんこの毛は太ももと一体化している。『もう無理だ・・・。』手術をするまでの数年間、私は温泉に入ることを諦めた。

その数年後、私は胸の除去手術を受けた。髭面だし、もう胸もない。この状態で男湯に入っているFTMもいると聞く。しかし、私の胸は、ただえぐられただけの痛々しい形をしていた。男の胸としては不自然だ。しかもチンコもない。
『いくら髭面だっていっても、私がオンナだって見破られるかも?!!そしたら、何をされるかわからないし・・・・怖い。』

私は男湯に入ることを躊躇していた。

しかしある冬、「大丈夫だよ!」と、私の胸を見たことがある友人(まんこ持ち)に後押しされて、ついに男湯に入ることにした。『よーし行くぞ!!』肩をいからせながら私は脱衣所に入るのれんをくぐった。私の目にまず飛び込んできたのは“お尻”だった。男のお尻。子供の頃に見た父のお尻以来、見たことがない男のお尻が、いっぱい並んでいる。『ワッ!』私は軽くパニクった。『とにかくロッカーを探さなきゃ!あそこの、人のいない所にあるロッカーにしよう』私は一直線にロッカーを目指した。その時だった。後ろ向きだった男が向きを変え、

こちらを向いた。『ち ん こ だ・・・』そして、その向こうにも無数のちんこが並んでいた。

私はほとんどちんこを見たことがない。父のちんこ、幼なじみだったまーくんのちんこ(小学校低学年)、そして暗がりから飛び出してきた、ちかんのチンコ。30年以上の私の歴史の中で3本しか存在しないちんこ。そのちんこが、記録を軽く塗り替える数で今、そこに存在する。『※?△◎!』私は動揺した。『落ち着けアンティル。』私は深呼吸をして心を落ち着かせた。『とにかく無事にお風呂に入らなきゃ!』私は「寒い」とわざと呟きながら腕を前に組み、胸を隠し、タオルをまんこにあてながら洗い場に入っていった。アンティル・ミーツ・ちんこ。

それは私の知らない世界の入り口だった。

つづく

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アンティル

アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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