ラブピースクラブはフェミニストが運営する日本初のラブグッズストアです。Since 1996

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祖父が、先日亡くなった。96歳だった。
7年前に祖母が亡くなってからは一人暮らしをしていたが、次第に目が見えなくなり老人ホームに入ったのが1年前。
それまでは一人で買い物に行き、一人で料理をつくり、一人でお茶を入れ、一人でお風呂を沸かし、一人で生きていた。私の両親はそれこそ”スープの冷めない距離”に住んではいたが、基本的には自立した90代だった。
 
祖父が老人ホームに入るまでのことを私は何も聞いていないけれど、祖父とその息子たち(私の父や叔父)の間にはいろいろあったのだと思う。老人ホームに入った時、祖父は私に向かって、
「ここで死ぬのかねぇ。こんなところでねぇ」
とちょっと怒ったように言っていたが、かといって私の両親と暮らしたいわけでもない感じだった。
 
孫は気楽だ。老人ホーム入所日、羽毛布団を買ってきて、パンツを何枚用意してきて、薄型テレビも見てきて、という母の言いつけをホイホイ聞きホームセンターをハシゴしながら、老人ホームはなかなかいいね、と自分の老後を考えた。
陽がよくあたる個室。あたたかい人の気に満ちた清潔な食堂。色んなスイッチがついている、まるで機械のような浴室。キビキビと働いている感じのいいスタッフ。食堂に流れる落語のテープ。ゆったりしたソファでトランプをしている女性たち。週に一度理容師がやってくるというミニミニ美容院室。
 
「おじいちゃん、すてきな所でよかったね!!!」
私は心から祖父の新生活を祝った。一方で母に「おねがい」と渡され祖父のパンツにマジックペンで名前を書くときは胸が痛んだりする。「尊厳」というものの「ライン」を考えた。
パンツには名前を書かなくてよいでしょうか。その代わりに、こんな刺繍を私はしますから。これ、私のマークですからね。私が”その時”になったらそう言おう、と考えながら祖父の名前をパンツに書く。もし、これが母の名前だったら、私はどんな気持ちになるんだろう。
 
祖父は深夜に一人で逝った。通夜も葬儀も親族だけで行いますから、と老人ホーム職員の方の参列を辞退する両親に、ホームの人がこう言った。
「毎日顔を合わせている職員もいます。深夜のことで、お別れがきちんとできないことを残念に思うスタッフもいます。どうか参列させてください」
聞きながら、私は祖父と毎日顔を合わせるっていう生活をしたことなかったんだな、と気がついた。祖父がいない日常を実感するのは、私ではなく、ホームの人たちの方だ。
 
通夜には、職員の人たちが20人以上も来てくれた。
なかには若い男性もいた。彼が最期祖父が亡くなっているのを発見してくれたのだが、遺影の前で号泣していた。
「力になれず、本当にごめんなさい。ごめんなさい」
彼は私たちが祖父の部屋にかけつけた時、祖父のオムツをはずし便を取ってくれていた。まだ死後直後で体温もあり、体臭もあった。オムツの中の便は強烈に匂った。
「寝る前にも取り替えたのですが。今日は三度、されました」
彼はそう言った。オムツをはずし祖父の身体を拭く彼の手元に黒い便がみえた。私は反射的に目をつむり、部屋を出てしまった。こんな大変な仕事、こんな大変な日常、ムリムリムリムリムリ!!!!! 心の中で叫びながら深夜の老人ホームの廊下でうずくまっていると、「私は無理」、隣にいた母がキッパリそう言った。
 
「たきやさん、ゆっくり休んでね」
「たきやさん、きれいな顔しているね」
ホームの人がたくさん来て、祖父に挨拶をしてくれた。泣いている人もいた。祖父の思い出話をしてくれた職員の人もいた。几帳面な方でしたね。トイレ用タオル、お風呂用タオル、朝のタオルと全て色を使い分けていたんですよ。ワインを飲んだら「昔の女の味がするな」とか言ってましたよ。「目をつむって手を出して」って言われたからそうすると、「ご褒美」と言ってあめ玉をくれましたよ。”男の人にしては”威張っていなかったですよ。何か失敗しても、ああいいよいいよ、って笑ってくれていましたよ。
 
私の知らない祖父の顔をしゃべってくれる人たち。祖父の日常を支えてくれていた人たち。介護のプロフェッショナルな人たち。本当にプロフェッショナルな介護士の人に囲まれて、ゆっくりと逝けた祖父。家族だけだったらこうはいかなかっただろう。憎しみが生まれたかもしれない。深い絶望に包まれたかもしれない。死を願うだけの日常があったかもしれない。
 
数ヶ月前、祖父は私に何度もこう言った。
「年をとったらお金が頼りだな。お前は結婚もしていないし、子どももいない。お金を貯めるんだぞ。お金は大切だぞ。」
一応、反発した。
「お金がなくても、お祖父ちゃん並の介護を受けられる社会にしたいもんですね」
でも、どうやって? 不安は募るが、お金は募らない。税金を払っていても、守られている気がしない。介護保険はあるが、なんだか問題はいっぱいありそうだ。そんな話を女友だちにしたら、
「早く、死ぬしかない」
と言ってタバコを思い切り吸っていた。
 
未来、暗いか。金、貯めるしか、ないのか。
祖父がどう感じていたかは実際のところわからないが、孫として関わるお祖父ちゃんの被介護生活は夢のように完璧、に思えた。それは、介護のプロの方達に看取ってもらえたからだろう。介護士の給与平均の低さにはほんとうに驚愕する。とにかく介護士の給与をもっとあげられるようなシステムやら、社会保障やらが整備されてほしい。(夫婦別姓問題でガタガタやってる場合じゃねーんだよ。亀井静香、ホントに、辞めてくれ! 誰にとってもの生きやすさを優先する社会をつくれ! とっとと!)
母は葬儀の後、「まだまだ先、って思っていたけれど、次は私たちの番だわ」とつぶやいた。ああリアルなつぶやき。次の次は、私。どんな「老後」が待っているのか。
 
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北原みのり

北原みのり

ラブピースクラブ代表
1996年、日本で初めてフェミニストが経営する女性向けのプレジャートイショップ「ラブピースクラブ」を始める。2021年シスターフッド出版社アジュマブックス設立。
著書に「はちみつバイブレーション」(河出書房新社1998年)・「男はときどきいればいい」(祥伝社1999年)・「フェミの嫌われ方」(新水社)・「メロスのようには走らない」(KKベストセラーズ)・「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)・「毒婦」(朝日新聞出版)・佐藤優氏との対談「性と国家」(河出書房新社)・香山リカ氏との対談「フェミニストとオタクはなぜ相性が悪いのか」(イーストプレス社)など。

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